まちにまったマイスタージンガー
- 2021年11月
- ワーグナー作曲ニュルンベルクのマイスタージンガー
- 新国立劇場オペラパレスにて
- 指揮:大野和士さん 東京都交響楽団
マイスタージンガーはずっと生で見たかったオペラです。
実は今年の5月の文化会館の公演と今回の新国立劇場の公演の2回ともみるつもりでした。
ところが、新型コロナで5月は中止。しかも5月はぎりぎりの決定でしたよね。
なので今回は待ちに待ったマイスタージンガーなのです。
休憩を入れて6時間という長大な公演でしたが、見終わった感想を一言でいうなら「やっぱり観に行ってよかった!」の一言。
心配していた長さは全く気にならず、なんならもう一度見たいから残りの公演のチケットを買えないかと本気で考えたほどでした。
ワーグナーを生で聴くと私の場合しばしば感じる感覚があって、今回も有名な前奏曲が始まるとジワンと体にこみ上げる感覚がありました…そして涙が出そうになる。
この麻薬のような感覚はいったい何なんだろう…。
そして感想をもう少し細かくいうなら、今回すごく思ったのは各登場人物の人の声質が違っていたので声だけで誰かがすごくわかりやすかったこと、これが私には印象的でした。
なかでもザックスとポーグナー。この二人の音域は似てると思うんですけど今回二人の声質が全然違うのが個人的にはすごく良かったです。
ソプラノによくあるんですけど音域が同じで声が似ているとこれ誰だっけ?っていうのをちょいちょい感じるのです。今回はそういうのが全くなくて。
声質とかも考えて歌手の人を決めてるのかわかりませんが、すごい!と感じちゃいました。
あとオペラって同じ演目を見てもそのたびに必ず発見があるんですけど、今回の発見は第一幕でもヴァルターの歌に粗削りながら才能がちらりと見えるようになっていると気づいたこと。
そして歌の歌詞に絶妙な比喩や皮肉が入っているのにも気づき、嬉しくなりました。
つまり第一幕がこれまで思っていたより格段におもしろいと思ったんですよね。これ個人的にとても楽しい発見でした。
また、これまでザックスの人となりがなんだかよくわからなかったのですが、今回の公演でわかった気がしました。
今まではザックスって思慮深いの?良い人?でもなんか意地悪?怖いし…こういう人がマイスターなのかあ、という感じだったんですよね(笑)。
それが今回はザックスの苦悩や人間っぽさなど含めてその人となりがわかってきた気がしました。そしてこのオペラはやっぱりザックスの話なんだなと改めて思ったのでした。
今回の公演はワーグナーにはありがちですが、会場には男性(比較的高齢の)が多く、平日の日中なのにほぼ満席。最近見たオペラでは最も人が多かった気がします。
ワーグナーファンは日本にも多いんだなあという印象です。
演出など
幕が開くと重厚な雰囲気の舞台。
奥に一回り小さい幕と舞台、手前には教会に来ている人たちの椅子。
第一幕の教会の歌もいいんですよねえ、これも実は発見。
2幕冒頭では舞台が回ってザックスの家が出てきたと思ったら止まらずに通り過ぎてあれあれ?と…
さらに回って舞台は外の様子になりました。
ザックスの家には人もいて「ワハハ!」って笑っていたのにそのまま過ぎていき…というのはちょっとおもしろい演出でした。
また2幕の最後はスローモーションで動く演出で、ベックメッサーのドタバタの後なのでこの演出もおもしろかったです。
太った3人の女性や着ぐるみも登場していましたがあれはヨハネ祭の雰囲気を出すためかな。
ニワトコらしき木が倒れていたので、てっきりうまく立たずに開演に間に合わず、仕方なく寝かせているのかと思ったのですが、次の場では立っていたので違ったみたい(笑)。
衣装については、なんとなく思っていた感じのイメージでした。ただ今回エーファの衣装はちょっと変わっていて赤と青の装い。
ワーグナーの女性って白い衣装のイメージが強かったのでちょっと意外な色でしたが、レーネがエーファのふりをするときなどは目立つのでわかりやすいのねと思ったのでした。
あと髪型もエーファは最初は長い髪を束ねていましたがレーネも真似て同じ髪型にしているのはわかりやすかったです。
衣装でおもしろかったのはベックメッサーの服。第二幕では完全に道化の服になっちゃってましたね。
マイスタージンガーでは個人的にはベックメッサーに一番期待しちゃうんですけど今回はまさに期待以上で、楽しくて歌がうまくて最高でした!
そうそうザックスの家は汚いイメージだったのですが今回はこざっぱりしたきれいな部屋。
何気なく壁に張り紙もあって「Spiel zeitplan 2021-22」「Oper/Schauspiel」POGNER って書いてあったかなと思います。オペラの公演スケジュールっていう感じの意味かな。
こういうのをじっと見ちゃうのもちょっと楽しいところです。
ちょっと気になったのは、第三幕の後ろの絵のこと。朝夢をイメージしているのかもですが、なんとなく幸薄そうな(笑)絵が描いてありました。あれは…どういう意味だったのか…。ひょっとして若木とか?
3幕にはバレエが入ってもいいのかなとうところがありましたが、今回バレエは無し。まあコロナも続いちゃったししかたないのかも。
そして演出で一番不思議だったのは最後のところ。ザックスを讃えて終わるかと思ったら、ずっと首を横に振り続けるヴァルター、そしてヴァルターの写真をビリビリと破るエーファ。
え!うそ、なにこれ?
とわけわからないまま幕になってしまいました。うーん、何だったのかなあ。不明‥。
なぜか数年前に新国立劇場で不思議な終わり方のフィデリオを見たのを思い出してしまいました。まいっか。
歌手について
新国立劇場は歌手のレベルがいつも高くてすごいなあと思っていますが今回もそうでした。
演出といい歌手といい、世界の有名オペラハウスのレベルじゃないかと個人的には思うのですけどどうなんだろう。
日本にオペラが入ってきたのは比較的最近のことなのに、すごいことなんじゃないかと。オペラ好きとしてはとてもありがたい!。
さて、今回マイスター役のザックスを歌ったのはトーマス・ヨハネス・マイヤーという人。
見た目もふくよかな声もザックスにぴったり。
この役は歌と出番がすごく多いし、派手な演技こそないけど心の機微をひたすら表現しなくちゃいけないとても難しい役なんじゃないかと思います。
これまではマイスタージンガーを見るときは、ベックメッサーやヴァルターに注目しちゃっていた私でしたが、今回ようやくこのオペラはやっぱりザックスが主役だわと遅ればせながらわかりました。
エーファの父ポーグナーを歌ったのはギド・イエンティンスという人。この人もとても良い声で特に前半は低音の良さが目立っていました。
最近カヴァー歌手が誰なのかも見るようになってきているんですけど、このギド・イエンティンスという人は、ザックスのカヴァーなんですよね。
ザックスが歌えなくなってしまったときはこの人がザックスなわけです。
つまりかれはザックスとポーグナーの両方歌えるんですね。すごい。
トーマス・ヨハネス・マイヤーとでは声質が全然違うので、ギド・イエンティンスがザックスになっていたらまた雰囲気はちがったものになっていたでしょうね。
騎士ヴァルターを歌ったのはシュテファン・フィンケという人。今回出演者変更になっていた一人です。
がっしり体型でいかにもワーグナー歌いという感じ。
1幕ではビブラートが往年のルネ・コロを少し思い出したのですが、後半特にヴァルターの見せ場の第3幕ではちょっと元気なかったのかなあという感じ。きっと本当はもっと声が出る人なんじゃないのかなと思ったのでした。
オペラって後半になるほど声が出てくる人が多い気がするのですが、今回はポーグナーとヴァルターは前半の方がよかったような‥そんな気がしました。
そして今回最も注目したのがベックメッサー。私がマイスタージンガーを好きになったのはこのベックメッサーという役が楽しかったからです。
ベックメッサーを歌ったのはアドリアン・エレートという人。この人がすごくよかったんですよね。演技が絶妙。
私が思うベックメッサー像っておもしろいけど実はすごく歌がうまいっていうイメージです。
で、今回のベックメッサーはまさにぴったりすぎるくらい!。
さらっと歌っていたけど実は歌もすごくうまくて、歌に集中したらこの人どんだけうまいんだろうっていうそんな感じでした。
こうもりのアイゼンシュタインなんかも合いそう、でもアイゼンシュタインってそんなに歌わないからこんなにうまくなくていっかとかそんなことを勝手に思いながら見ていたのでした。
3幕で自分が歌う前に歌詞のメモをちらちらみたりしていたし芸が細かいなあと。すっかりファンになってしまいました。
そしてエーファを歌ったのは林正子さん。よく写真は見ていたのですが、聞くのは初めてでした。有名なだけあってすごく丁寧な歌と響く声。
3幕の「どう報いたら‥」のところでは熱いエーファの思いが感じられてとてもよかったです。
もし選べるならザックスをっていうところでは「え?いいの」ってちょっと思いましたが‥(笑)。
マグダレーネを歌ったのは山下牧子さん。この人の声は3年前にヴェルディのレクイエムを聞いた時からずっと残っていて、最近では夜鳴ききうぐいすとイオランタでも聞いたかと。
特にイオランタのマルタはよかったですねえ。
マグダレーネの恋人ダーヴィットを歌ったのは伊藤達人さん。明るい声で若々しい感じはイメージにぴったり。
実はさらりと配役を見たときに、村上公太さんがダーヴィットをやるんだなとなぜか勝手に勘違いしちゃっててまして、登場したらあれ?違うと気付き‥。
伊藤達人さんはそういえば夜鳴きうぐいすで癒し系の漁師役でした。
村上公太さんは今回別の役でしたね。関係ないけど村上さんのこうもりのアルフレードがよかったなあ。
第3幕冒頭でダーヴィットがザックスに歌ってみろと言われておもわずベックメッサーの節で歌っちゃうところ、あそこ楽しくて好きなんですよねー。
あとフリッツ・コートナー役の青山貴さん、このかたもヴェルディのレクイエムで妻屋秀和さんのかわりに急遽歌って以来すごく印象に残っているのですが、今回も素晴らしい声が聞けて良かった〜。
出番は多くないけど何気に夜警の志村文彦さんの声も印象的でした。トスカにもちょっと出ていたと思いますけどその時も良かったんですよね。
という具合に他にも有名な人が実はたくさん登場していた今回のオペラ。やっぱり2回見たかったなあと改めて思いました。
とはいえ新国立劇場は必ずワーグナーを入れてくれるので私にはとても嬉しい限り。オペラってやっぱり心を豊かにしてくれますね。
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