「ルル」というオペラがあります。
アルバン・ベルクという作曲家が作ったオペラでルルというのはは主人公の女性の名前。
ルルは倫理も節度も無く本能のまま生きているような自堕落な女性で
かかわる男性たちは自滅していくストーリーです。
見ていて楽しい内容でもないし、聞いて心地よい音楽というわけでもないです。
それなのに、なぜか人気があるオペラです。
今回はルルというオペラの不思議な魅力について書いてみたいと思います。
ベルクのオペラ
ルルを見てまず思ったのは現代音楽とはこういうものなのかということ。
ロッシーニやヴェルディのオペラをイメージしてこのルルを見てしまうと、
音楽も内容もまったく異なる世界なので「ん、何これ?」と思ってしまいます。
少なくとも私はそうでした。
ところが、海外、特にヨーロッパでは人気があるオペラなのです。
それはなぜなのか。
作曲したアルバン・ベルクは1885年ウィーンの生まれ。
同じくウィーン生まれのシェーンベルクという作曲家は、無調とか12音技法で有名な人で、
ベルクより約10歳年上の人でした。
ベルクはそんなシェーンベルクに師事していたからこのような音楽なのか‥とも思ったのですが、
でもシェーンベルクの音楽は私にとっては聴きやすいので、ちょっと違うものを感じるんですよね。
はっきり言ってベルクの音楽は聞きやすい音楽という感じとは全く違うのです。
私は音楽家ではありませんから音楽的な構造はわかりません。
でも、これが現代音楽っていうものなのかなと思ったものです。
ただ、不思議なことにそのような無調音楽であるにもかかわらず、「聴きやすい音楽ではない」と覚悟してみると不思議とおもしろい音楽に聞こえてきたんですね。
そして、これは私だけかもしれませんが、
不思議な音楽なのに、不思議さが病みつきになるような奇妙な魅力を感じたのも確かです。
次に来る音が全くわからない旋律。
これをオーケストラや歌手はどうやって覚えるんだろう、などということも考えてしまいました。
ルルという女性
ルルを見たとき最初に浮かんだのは作家エミール・ゾラの「ナナ」に出てくる女性でした。
そして次に浮かんだのは谷崎潤一郎の「痴人の愛」という小説。
こちらのほうが近いかもしれないです。
ルルという女性がやっていることは、ずるくてしたたかな女性が男性を虜にしているのとは全く違っていて、
男性の方がルルに寄ってきて、男性が勝手に自滅していくという感じなのです。
ルルは自堕落なのになぜか魅力的。
そして言い寄ってくる男性を拒まないだけなのです。
さて私は常々オペラは決して敷居が高いものではないと、思ってはいるのですが
劇場に行くと普段はあまり見かけないような、いかにも品のいい男性達が多くいるのは確かです。
そしてルルのようなオペラが、そんな上品な男性たちにとりわけ人気があるオペラだということが、おもしろいと思うんですよね。
人間って、実はこういうのを求めているのかなと思うのです。
体裁とか社会的な倫理とかそういうものを拭い去って、性のまま本能のままに生きてみたい、そんな部分が誰しも実はあるのでしょうか。
へんな言い方をすれば、ハイヒールで踏まれたい!みたいな?(違うか‥笑)
でも、ルルはサディスティックな女性ではないので、ちょっと違うかもしれません。
特にヨーロッパにおいては、ルルは「満席で無いことが無い」とまで言われるほど人気があるらしいです。
音楽的にはすごく聴きにくいと思うのに、なぜか人気があるわけです。
オペラでルル役をどんな歌手が演じるかによってルルのイメージってすごく異なってくるとは思うのですが、
なぜそこまで男性たちはルルを愛するのかという不思議さは
ベルクの無調音楽によって、もしかしたら聴いている私たちの感覚、
つまり既存の概念とか道徳とか倫理、そういったものがぐちゃぐちゃにされてしまうのかもしれません。
おそらくベルクの音楽は、すごくこの退廃的なストーリーに合っているんだと思うんですよね。
未完成版と補筆版
未完成版
作曲したベルクは50歳で亡くなっているのですが、ルルが未完成のまま亡くなってしまいました。
2幕までしかできていなかったのです。
その後補筆版もでて3幕になりますが、それはベルクの未亡人が亡くなってからでした。
未亡人は補筆を認めなかったからです。
では未完成版の初演について。
- 未完成版の初演:1937年
- 場所:チューリッヒ歌劇場
- 指揮者:エーリヒ・クライバー
未完成版は2幕までしかできていなかったのですが、
初演の3幕については、すでにベルク本人が作曲していた「ルル交響曲」の中から一部を流用しての上演でした。
そしてそのときの指揮者がエーリヒ・クライバーなんですね。
エーリヒ・クライバーもウィーンの出身です。
エーリヒ・クライバーといえば、私にとってはカルロス・クライバーのお父さんというイメージなのですが、
いずれにしても親子ともに世界的指揮者だったことを、比較的身近に知っている最近の人なわけです。
だから、ルルの初演がエーリヒ・クライバーによってなされたというのは、そうなんだ‥となぜか感慨深く思ってしまうんですよね。
ちなみに息子のカルロス・クライバーは、あまり指揮をしないのに、指揮をすると必ずや伝説的な上演になるという天才的な指揮者でした。
そんな指揮者が何度か日本にきてオペラを指揮したにもかかわらず、私は生で一度も見ておらず(まあいろいろ事情はあったのですが)実はそれがとても心残りなのです。
カルロス・クライバーもすでに亡くなってしまいました。
そんなこともあって、私にとってクライバーという指揮者は、
「オペラは多少無理をしてでも、観たいと思う時は観に行く」
という考え方に変わったきっかけの人でもありました。
さて、天才肌の父クライバーでさえ、ベルクの作品については、100回を超えるものすごい回数のリハーサルを重ねたと言いますから、やはりこの音楽は難しいということなのでしょう。
プロのオーケストラが合わせに100回以上も、なんて普通は考えられませんから。
そしてしばらくはこの未完成版が上演されていたのですが、その後は3幕補筆版が主になっていきます。
補筆版
ベルクの妻はベルクが亡くなった後、自分の望む人物以外の補筆を認めなかったようです。
そのため補筆されたものが上演されたのは妻が亡くなった後の1979年のこと。
補筆したのはツェルハというウィーンの作曲家です。
ツェルハはおそらくかなりベルクの音楽を研究して、補筆したのだと思います。
とても年月をかけていますから。
その結果の補筆版の初演が1979年。つい最近と言ってもいい頃のことなんですよね。
- 補筆版(3幕まで)の初演:1979年
- 場所:パリ・オペラ座
- 指揮者:ピエール・ブーレーズ
指揮者のピエール・ブーレーズという名前は、クラシックファンなら知らない人はいないのではないでしょうか。
つい最近まで活躍していた指揮者ですね。
実はアルバン・ベルクも師匠のシェーンベルクもウィーン出身です。
そしてエーリヒ・クライバーも補筆版を作ったツェルハもウィーンの人です。
また、楽譜会社もウィーンのユニヴァーサル社、
と言う具合に、ルルには実に多くのウィーンの人たちが関わっています。
ベルクはウィーンにはなくてはならない作曲家で、この作品の経緯を観る限り、ウィーンの並々ならぬ意地というか、気概を感じてしまいますね。
そして現在ではツェルハが3幕を補筆した補筆版が主流となっています。
あらすじと上演時間
<上演時間>
- 第一幕:約60分
- 第二幕:約55分
- 第三幕:約60分
かなり長めです。
休憩をいれると4時間程度でしょう。
<簡単あらすじ>
プロローグでは、猛獣使いがでてきて、もっとも危険な猛獣はルルだと言います。
第一幕にでてくるのは、ルルの夫と、画家と、シェーンというルルのパトロン。
3人ともルルに夢中です。
第一幕は画家がルルを描いているシーン。
部屋にはルルのパトロンのシェーンもいます。
二人だけになると、画家とルルが抱き合います。
ところが夫がそれを見てしまい、驚いた夫は心臓麻痺で死んでしまいます。
その後ルルは画家と結婚してしまいます。
ある日パトロンのシェーンがルルのところにやってきて、結婚することになったから別れてくれといいます。(まだ続いていたんですね)
そしてシェーンがルルの自堕落な性を夫の画家に暴露すると、画家の夫はショックで自殺。
その後ルルはシェーンと婚約者を別れさせて、今度はシェーンと結婚します。なんと3度目!。
第二幕では、またもやルルの奔放な性に怒ったシェーンがルルをピストルで殺そうとするのですが、反対にルルに殺されてしまいます。
刑務所に入ったルルですが、同性愛の相手が身代わりになり、なんと脱走。
シェーンの息子アルヴァもルルのことが好きで、今度はルルは息子のアルヴァと逃げることに。
第三幕では、アルヴァと暮らすルル。
お金がなく、ルルは売春をしています。
すったもんだで、アルヴァはルルの客に殺されるはめに。
そして次のルルの客は切り裂きジャックだったため、ルルも殺されてしまいます。
というあらすじです。
なんとも言えないシュールなあらすじですよね。
見どころ
このオペラは楽しもうとか、美しい音楽や声を聴かせてもらおう、というような、
のんびりした気持ちで観に行くと、おそらく全く理解できずに終わってしまうかもしれません。
それよりも、ルルを観に行く際は、
無調音楽ってどういうものなのか、なぜこの現代的なオペラがそれほどまで人気があるのかと
試しに行くような気持ちで観に行くのが全体としての見どころで、おすすめです。
そして、あまりオペラに興味のない人を、何気なく連れて行くのはおすすめできないでしょう。
むしろルルというオペラを観て、自分はいったいどんな風に感じるのか、不快なのか
引き込まれるのか、もう二度といやなのか、それともはまってしまうのか、
そんな覚悟(と言っては大げさですが)で行くくらいでよく、それが見どころだと思います。
さて、この難しいルル役を演じている歴代の歌手を見ると、ちょっと昔ではアニア・シリア、
アニア・シリアはワーグナーもこなしていた歌手ですから、かなり強い喉を持っていたと思います。
見た目もなかなか妖艶です。
私はかなり年を取ってからの作品(ヘンゼルとグレーテルの魔女役)しか見たことないのですが‥。
それからテレサ・ストラータスというソプラノも歌っていて、アニア・シリアとは違うタイプですが、ちょっと小悪魔的なところが、確かにこの役が合いそうな気がします。
ルルはサロメと共通するところがある役柄で、二人ともサロメもやっていますね。
セリフが多く演劇性が強いオペラなので、日本で見る場合はかなり字幕にかじりついてしまいそうです。
おそらくドイツ語がわかる人ほどは、良さがわからないんだろうなと、歯がゆい気持ちがするオペラでもありますね。
いずれにしても一度は観て、この不思議さを味わってもらいたいオペラには違いありません。
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