2018年4月5日の東京文化会館のローエングリンを観てきました。
演奏会形式です。
上演時間が長いので開始は平日の17時という微妙な時間でしたが、座席はほぼ満席。
ローエングリンは、ワーグナーにしては女性が多めなのはいつも通りですが、それでもやはり男性が多かったですね。
ワーグナーのオペラを演奏会形式で観るのは、トリスタンとイゾルデに続いて2度目でしたが、
今回観て、ワーグナーは演奏会形式に合っているかもしれない、と思いました。
ローエングリン・演奏会形式
オペラの演奏会形式というのは、舞台セットやお芝居を省いたオペラです。
通常のオペラは、オーケストラが舞台下のオーケストラピットに入って演奏しますが、
演奏会形式の場合、舞台の上で演奏します。
歌手はオーケストラの前で立って歌うんですね。
普通のコンサートのような感じです。
歌手は、場面によって出番があったりなかったりしますから
演奏会形式では、音楽の途中でも、歌手は自分の出番に合わせて、出てきたり、また引っ込んだりします。
その他の合唱の人は常時オーケストラの後ろで並んでいます。
さて、今回演奏会形式でローエングリンを聴いて、これまでと違った観方ができたように思います。
まずもっとも感じたのがオーケストラの演奏がこれほど多彩で、また大変だったのかということを
あらためて目の当たりに感じたということ。
多くの楽器を効果的に使って情景や心理描写を作り出していることに改めてワーグナーの凄さを感じたこと。
そして、長時間の演奏で、オーケストラは本当に大変なんだなと思いましたね。
今回の演奏はNHK交響楽団でしたが、コンサートマスターとしてウィーンフィルにいたライナー・キュッヘルさんが現れたのでちょっと驚き。
そしてそのダントツの音色にさらに驚き。
オーケストラ全体で演奏していてもライナーキュッヘルさんの宝石のような音色が聞こえてきていました。
それは素晴らしい音です。
まず冒頭の前奏曲、いつもこの部分を聴くだけで私などはローエングリンを聴ける幸せを感じてしまうのですが、
前奏曲の聖杯のテーマ独特のバイオリンのフラジオレット(軽く抑えて出すサラサラとした高音)。
これはコンサートマスターが一人で奏でていたんですね。
これも演奏会形式ならではで気付いたことです。
今回キュッヘルさんの音色は珠玉の美しさで、ローエングリンの世界に速攻で連れて行ってくれました。
今回の演奏会形式のローエングリンでは、各楽器が情景に合わせて効果的に出てくるのを随所に感じましたが、
例えば、2幕前半のオルトルートとテルムラントの不気味な旋律を奏でるのは主にチェロです。
チェロ全員が同じ旋律をユニゾンで弾き、なんとも不気味さを醸し出しているんですね。
エルザに合わせてフルートの音色が現れ、かぶるようにオーボエが引き継ぎ、
というような楽器の使われ方も、今回はよく見えた気がします。
また今回のローエングリンの演奏会形式ではバンダ(舞台以外の場所で演奏する小部隊)も効果的に使われていました。
観客席におそらく3ケ所?(私の席からは全部が見えなかったのですが‥)のラッパ隊がいて、
ホール全体が音楽に包まれる感じは最高でしたね。
バンダの並びも、横に並んだり、前後に変えたりと、細かく気を配った演出だと思いました。
しいて演奏会形式の難を言えば、若干ですが、オーケストラのパートが走り過ぎてるなとか、そういう荒も見えやすくなる気はしてしまいましたが‥。
これは私に限ったことかもしれませんが、ワーグナーはアリアを楽しむオペラとは異なり、
隅々の音楽を堪能したいオペラなので、
もしかしたら、演奏会形式が合っているかもしれない、と思いましたね。
少なくともこれまでに観た、トリスタンとイゾルデ、とローエングリンについては演奏会形式は大いにありだとおもいます。
ローエングリン・演出について
今回のローエングリンは、演奏会形式だったので、舞台のセットとか演技といった演出は無いのですが、
オーケストラの後ろに巨大なスクリーンがあり、情景が映しだされていました。
最近はオペラでもハイテクを駆使したスクリーン映像をよく見かけるのですが、
今回の映像は古風に見えてとても繊細。
幕ごとに情景は一種類で、一見すると写真を映しだしているだけ、のように見えるのですが、
その映像は微妙に変わっていきます。
1幕はコローが描いた池のほとりの絵のような映像。
ローエングリンの登場に伴い、池には小舟とそれを引いている小さな白鳥が徐々に浮かび上がります。
それもよーく見ないとわからないくらいの変化です。
徐々に徐々に現れてくるんですよね。
二幕は古風な館を外から映した映像。
館の窓の電気がほのかに付いていたのが、
夜も更けると消えていき、代わりにいつの間にか月が出て、
月が薄くなっていくと、少しずつ夜明けを迎えるなど、
とても微妙な変化で、情景と時の流れを感じさせてくれます。
奇をてらう演出ではなくとても繊細なんですね。
決して音楽を乱さず、それでいて、見ている方に情景を感じ取らせてくれる素晴らしい映像でした。
田村吾郎さんと言う方が作られた映像なのかなと思いますが、手がかかっていないように見えて
実は考え抜いて作っているのではないかな、と思いました。
3幕最初はバージンロードのイメージ、ろうそくの通路を抜けると、落ち着いた部屋へ。
でも新郎新婦の部屋にしては、殺伐としているのは、その後の展開を予想させます。
最後は1幕と同じ池のほとりなのですが、微妙に光りが多くなり、いつの間にか池もなくなっていました。
映像についてはどんな風に作り込んで行かれたのか、ちょっと聞いてみたいところですね。
ローエングリン・演奏と歌手について
演技がないとはいえ、役に入り込んでいて、ダントツによかったのはやはり
タイトルロールのローエングリンを歌ったフォークトでした。
髪が長めでちょっとせつない声質が、かつての、ペーターホフマンを思いださせます。
またオルトルート役のペトラ・ラングも何度もやっている役だけあって、なりきっていましたね。
声の方は前回(2年前かな)に見た時の方が出ていたような気もしましたが、いずれにしても当代きってのオルトルートですね。
フォークととペトラ・ラングの二人は楽譜を持たずに登場。
残りのキャストは楽譜持参でしたが、
フォークとがたびたびエルザの方を向くのに対し、エルザがなかなか楽譜から目を離せないんだなという、キャリアの違いは感じました。
ただエルザ役のレジーネ・ハングラーというソプラノの人は、まだ若そうですが、濁りの無い美しい声。
もって生まれた美声なんでしょう。
歌い方は若干あっさり感はあるものの、高音になるほど澄んだ心地よい声。
エディタ・グルベローヴァの声をドラマティックにしたような声で、また聴いてみたいです。
ハインリヒ王を歌ったのはアイン・アンガーというバス歌手。
雷鳴がとどろくような安定した声。
履歴を見ていませんが、背が高く、リングのヴォータンにも合いそうな風格でした。
今回のテルムラント役のエギルス・シリンスは後半になるほど声が出ていて、
気の弱さがある、ちょっと知的なテルムラントという感じでしょうか。
個人的には好きな声です。
伝令役は主要キャストで唯一日本人の甲斐栄次郎さん。さすが安定した歌唱でした。
ローエングリンは伝令の大声で始まるので、目立つ役ですよね。
今回のローエングリンはエルザとオルトルートの声が対象的だったのが私は良かったです。
上演によっては、二人の声が似ている時もあるのですが、濁りのないエルザの透き通る声は役に合っていたと、私は思います。
最後に合唱ですが、今回のような演奏会形式で観ると、ローエングリンがいかに男声合唱の部分が多いか、がよくわかります。
合唱については最初のうち、若干まとまりのなさを感じましたが、3幕では素晴らしかったです。
前奏曲の他、もう一か所涙が出そうになったのは、第2幕の中盤、エルザのオルトルートのやり取りが終わるあたりの美しい旋律です。
ワーグナーはワルキューレなど勇壮なイメージが先行しますが、
高貴で美しい旋律も随所に散りばめられているので、聴くたびに発見がありますね。
今回のローエングリンは、各楽器がどこで効果的に演奏しているのかをはっきりと、感じることができた上演でした。
コンサートマスターのライナー・キュッヘルさんさんのバイオリンの演奏は、
他の方と動かし方が全く違うんですよね。
特に弦の使い方が全然違います。
演奏法もいろいろあるみたいですが…。
キュッヘルさんは休憩中も早くから練習をずっとやっていました。
あんなにすごい人なのに、人一倍練習もするんですね。
さて、最後にオペラとは関係ないこともちょこっと。
初台の新国立劇場が広々としていて、食事や軽食も充実しているのに比べると
やはり東京文化会館は古いから仕方がないとはいえ、やはり若干狭いですね。
休憩時はごった返していました。
長時間の上演なので、食べるものを持っていきましたが、座るところもなく…、
売店にはサンドイッチしかなく…。
精養軒のレストランがあるけど時間かかりそうだし。
とまあこれは愚痴です。
とはいえ、オペラが良ければまあいいかなと。
8日にもう一度公演がありますが、余裕があればもう一回見たいような公演でした。
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