ジョン・ゲイの乞食オペラ(ベガーズオペラ)については別の記事でも触れたんですけど
今回は乞食オペラの原作を読んで私が気に入った辛辣な(笑)セリフをあげてみたいと思います。
ベガーズオペラは今から約300年も前に書かれたにもかかわらず、特に男女の仲については全く新鮮で、今読んでも
「そうだよね、うんうんなんかわかる!」
と思える内容です。
登場人物はほぼ悪人なのですが、その盗人達の独特の倫理は当時の貴族たちを皮肉って言ってるんでしょうが、これがなかなか辛辣。
そして男女の関係、特に女性って全くしょうがない生き物だよねっていうセリフが多くて、
「同じ女性だけどなんかわかる気がする、そんな人いるわ」って思える内容だからおもしろい。
自分は違うと思ってますけどね‥笑
でも誰しも自分は違うって思っているっていうのも聞いたことがあるし‥。
というわけで私が選んだ辛辣な名言をあげてみます。
原作名言集・男女について
ベガーズオペラというオペラの話は、
マックヒースという泥棒一味のボスをポリーとルーシーという二人の女性が好きになってしまったため揉めると言う話が軸になってます。
ポリーの一家は盗んだ商品の売買をやっている仲介屋で、且つ監獄の看守とも手を組んでいるという悪者。
一方ルーシーの父親も賄賂にまみれた監獄の看守で絞首台に送ったり送らなかったりはお金次第。囚人の足枷の重量も賄賂次第で決めるというこちらも悪い人物。
そして盗んだ品物は娼婦たちの手に渡るので、
ベガーズオペラは追い剥ぎ、泥棒、盗んだ商品の仲介人、娼婦、監獄の看守といった荒くれ者たちの話なんですよね。
ところがこれらの会話が現代にも通じるなと思うんですよね。
- 賭博やる奴っていうのは色女には優しいが、女房にとっては悪魔→これは儲けたお金を賭博で使ってしまう泥棒が多いと言う話の一部。確かにそうだよねって思います。
- 男は皆色恋の泥棒。他人の女となるとそれだけで一層好きになる。→そうだったんだ。
- 夫をあの世に送る機会が得られるなら、世間の妻たちはどんなものだって惜しまないんだよ→これは仲介屋のピーチャム夫人の言葉ですけど、現代で言うなら「亭主元気で留守がいい」っていうやつでしょうけど、現代よりより怖いなあと。死んでもいい、ですからね。
- 男が女房や娘の気まぐれにまで責任を持たなきゃならないとしたら、友情なんて2日と持ちゃしない。真の友人同士は女どもが言うことなんかに耳をかさない。→これはねえ、すごくわかります。奥さんと娘に振り回されている男性って私の周りにもいます。気の毒になる。
- 酒もしゃべりも遠慮がないが女は社交ってもんを活気づけてくれる。→確かにそんなもんかも。
- 毒を盛るほど(ポリーも)幸せじゃないから殺さずによかった→これは恋敵のポリーを毒で殺そうとしたルーシーの言葉。ポリーも実はマックヒースに好かれていなかったとわかって出た言葉だけど、怖すぎる!
- 死など借金にすぎない。催促されれば返さなきゃならぬ。俺が死ねば女房たち全員喜ぶさ。→これは絞首刑になる前(実際にはならなくてすむ)のマックヒースの言葉。女房たちが喜ぶというのも気になるけど、泥棒を重ねた末の絞首刑だから死は借金とイコールなわけか‥とそちらが妙に気になってしまいました。
原作名言集・盗人の倫理
ベガーズオペラに出てくる人たちって泥棒とか追い剥ぎなんですけど、自分たちのことを紳士と言ってもっともらしく理論を語るですよね。
- たかが人殺し程度のことで何をメソメソ。殺人を犯さずには仕事ができないとなりゃ(俺たち)紳士はいったいどうすりゃいい。殺しは昨今大流行の犯罪なんだぜ。→この殺人の流行っていうのは当時の決闘を言っているらしいんですけど、そういえばよくオペラの原作にでてくるプーシキンも決闘でなくなってるけど、それは19世紀前半のこと。ジョン・ゲイがベガーズオペラを書いたのはそれより約100年も昔のことなんですけど、決闘ってそんなに長い間認められていたことだったのかとふと思ったんですよね。
もっとも日本でも仇討ちとか敵討ちが認められていたけどそれとはちょっと意味合いが違う気もします。どうももともとはイギリスにおいても決闘は日本の仇討ち同様名誉による決闘だったものが、次第に私的な果し合いになり、その風習が庶民にまで蔓延してしまったことへの風刺らしいんですよね。
要するにそもそもは名誉のための決闘がただの喧嘩レベルのいざこざですぐに決闘になっていたということなのかなと思います。 - チョコレート店が身の破滅のもと
→これは盗んだもので儲けた金銭で賭博に走って破滅することをさしているんですけど、なんでチョコレート店かというと当時の賭博場はココアを出しているところが多かったということらしいんですよね。これはチョコレートというイメージが今と違いすぎるのでおもしろくて書いてみました。 - 「利益が通れば感謝は引っ込む」は当世のしきたり。
→これは、仲介人ピーチャムのセリフ。(マックヒースが)たくさん盗んできてくれて、こちらの稼ぎも増えるうちは彼を偉大な人と呼ぶが、こちらの命が危ないとなれば残念だけどあの世(絞首台)に送る、ということ。これは今の世でもありがち。殺人こそしなくても「金の切れ目は縁の切れ目」っていうやつですよね。 - 皆この世の富の公平な分配を望んでる。(これは清教徒革命の言葉らしいです)
ところが欲張りどもは小ガラス同様貯め込むだけが目的、人類の略奪者とはまさにこういう奴。元来金ってのは心の広い度量の大きな人間のためのものなんだ。
→これは盗人の一人が言った言葉ですが、後半の元来金ってのは度量の大きな‥というところは妙に納得。お金はお金をうまく使える人のところに行くのが本当は一番なんだろうなと。なかなか深い言葉だと思いません?。 - 少額の借金だけでは債務者を監禁できないって言うバカな法律ができたから困る。
→これは実際に1725年にできた法律らしいんですよね。もっともあまり守られなかったようですけど。
おそらく少しの借金のために身を破滅することがないようにとできた法律でしょうけど、今みたいにちゃんと法整備されてなかったのかなと想像。法律を逆手にとって単に借金を踏み倒される側にとっては困ったんだろうなと想像できる一言。なんとなく時勢がわかっておもしろい。 - コークサー夫人の借金は我々が肩代わりしましょうや‥我々は名誉を重んじる人間ですから。
→コークサー夫人というのは娼婦の一人。彼女が代金を払わないので、身ぐるみ剥がされたあとにピーチャム達が言うセリフ。ベガーズオペラにはやたら名誉という言葉が飛び交うんですけど、これはどうも当時の上流社会の名誉がおかしいんじゃないのという風刺らしいんですよね。
肩代わりといってももとは盗んだ品物だし、名誉も何もあったもんじゃないよねと思うものの、もっとひどいことをしている上流社会への風刺があったとしたら興味深い一言。 - 当節は上層と下層の行状がすこぶる似通ってる‥下層の人間も金持ち連中と同様に悪徳に染まっていて、その結果立派に罰を受けてる。
→これは最後のエピローグ的なところで乞食が言うセリフですが、これが言いたいんだろうなという上流階級にあてつけた教訓的なセリフ。
ほんの一部ですが、気になったセリフをあげてみました。
ベガーズオペラの魅力って何?
ベガーズオペラって、上流社会を風刺したセリフが多いしどちらかというと下品とも言えるこのオペラの上演が、当時よく許されたものだと思うのですが、
比較的落ち着いた時代だったのかもしれないと思いました。
その後イギリスでは産業革命も起きてますしね。
ただ、ベガーズオペラは当時大ヒットしたらしいんですけど、その後「ポリー」っていう続編が出た時はさすがに上映禁止になったのだとか。
ちょっと読んでみたいですけどまだ見てないです。
ベガーズオペラを読むと当時の社会が垣間見えるし、当時のオペラ(オペラセリア)に対する嫌悪もわかるんですよね。
ベガーズオペラは、オペラにもなるしミュージカルにもなるオペラじゃないかと思います。
実際二つは何が違うのというと、オペラ歌手が出ればオペラっていうんじゃないの?と私なんか思うんですよね。
もしベガーズオペラを舞台で見る機会があったら、それはオペラかもしれないし、俳優さんたちが出演するミュージカルかもしれないし、またはオペラ歌手とそうでない人が出ている中間的な舞台かも。
オペラセリアって最近は(特に日本では)あまり上演されなくて、せいぜいヘンデルのオペラくらいなんですよね。
そういうオペラセリアの若干退屈する感じの公演を見た後に、ベガーズオペラを見ると、オペラセリアへの嫌味なセリフが理解できておもしろい気がします。
とはいえ、音楽は美しいのも特徴なので、音楽だけきくとオペラです。
歌のお勧めをちょっとだけいうと、マックヒースが絞首刑になる前に
「死など借金にすぎないさ‥俺が死ねば女房全員の喜びさ」
と歌う57番目の歌は、歌詞は上品とはお世辞にも言えないけど音楽はとっても上品でお勧め。
あと69番目に同じくマックヒースが歌う最後の歌
「かくして俺はハレムの主人‥女に囲まれ‥浮気心は騒ぎ立つ
だが忘れるな‥あしたはあしたの風が吹く」
っていうのは世の男性たちが「ウンウン」とにっこり頷くんじゃないかな、っていう歌で
まあ万事そんなものよねと思えるオペラでした。
※参考書籍:「ジョン・ゲイ乞食オペラ」海保眞夫訳 財)法政大学出版局
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