2018年3月に、新国立劇場において、オペラ愛の妙薬が上演されました。
実は、はじめて劇場で見たオペラが、この愛の妙薬でした。
なぜその時、このオペラを見に行ったかというと、
山路芳久さんというオペラ歌手が印象的だったからです。
とても素晴らしい声の持ち主だったのですが、
39歳という若さで亡くなってしまっています。
山路芳久のネモリーノ
オペラを見はじめて数十年になりますが、
オペラが好きになったきっかけは、NHKのニューイヤーコンサートをテレビで見て、
ソプラノ歌手の高音、しかも弱音を聞いたときに、
なんて綺麗な声なんだろう、と思ったことがきっかけです。
ただ、当時の私にとって、オペラは敷居が高かったので、もっぱら家でビデオを見ているばかりでした。VHSの時代です。
幸いたくさんのVHSが手に入ったので、手当たり次第、家で見ていたのですが、
その中の一つがドニゼッティ作曲の「愛の妙薬」でした。
そして、主人公の素朴な青年、ネモリーノ役を歌っていたのが、今は亡き山路芳久さんだっだのです。
見た目も朴訥として役柄にぴったり、そして何より、甘く美しいテノールの声でした。
今では幻の名盤になってしまった、この映像を見ることができたのは、私にとってとても貴重な体験です。
今でこそ海外で活躍する日本のオペラ歌手は、多くなりましたが
この山路芳久という人は、はじめてウィーン国立歌劇場の専属歌手となった素晴らしい人だったんですね。
確かミラノのスカラ座でも歌ったはずです。
私が見た愛の妙薬の上演は1986年のものだったので、彼がなくなる3年前、36歳のときの公演でした。
彼にとっては、オペラ歌手として一番脂の乗っていた時期で、まだまだこれからの時だったはずです。
今は忘れられている存在なのかもしれませんが、
そんなわけで、山路芳久と愛の妙薬は、私にとっては思い出深い存在なのです。
さて、この愛の妙薬というオペラは、純朴で内気な青年ネモリーノが、好きな人に告白できず、
かっこいい恋敵も現れて焦りまくり、でも結局はハッピーエンドにおさまる、
というお話です。
現在でもテレビドラマや映画でやるような、ほっこりするラブストーリーです。
このときの愛する女性、アディーナを演じていたのは番場ちひろさんという、華奢で可愛らしい女性。
恋敵のベルコーレはバリトンの越智則英さん。
そしてこのオペラの引き締め役とも言えるドゥルカマーラが、今も現役のバスバリトンの高橋敬三さんでした。
高橋さんは多分もう70を越えているのではないかと思います。
愛の妙薬といえば、ネモリーノが歌う「人知れぬ涙」というアリアがとても有名で、
単独でもよく歌われますが、
山路芳久さんが歌うこのアリアは、それはきれいでしたね。
そして、このネモリーノ役は、声質も見た目も雰囲気も山路さんにぴったり。
39歳という若さで急逝してしまったのは本当に残念なことです。
そんな頃、上野の東京文化会館で愛の妙薬が上演されることを知り、このオペラを生で見たくて
はじめて劇場に足を運ぶことにしたわけです。
ついでに言うと、愛の妙薬の中で、恋敵のベルコーレのアリアがありますが、そちらも楽しい曲で大好きです。
2拍子の軍人さんっぽい歌で、こちらは覚えやすくて、とても耳に残る曲なんですよね。
私は、このネモリーノとベルコーレが歌う、二つの歌の部分を何度も何度も巻き戻して(古いですね笑)聴いたものです。
愛の妙薬は悪い人が出てこないオペラで、ストーリーがわかりやすいく、オペラをはじめて見る人にもお勧めですね。
はじめて劇場へ・愛の妙薬を生で鑑賞
当時の私にとっては、オペラを生で鑑賞することは、イメージ的にも、値段的にも、敷居が高かったのですが、
勇気をもってチケットを買ったのを覚えています。
劇場は東京文化会館で、藤原歌劇団の愛の妙薬です。
確かチケットは1万円くらいだったかと。
今ではちょっと笑ってしまうのですが、はじめての生のオペラ鑑賞に行くことが楽しみで、
その日に風邪を引いたらどうしよう、とまで考えて、引かないようにすごく気をつけていましたね。
その時のネモリーノ役はピエトロ・バッロ
アディーナが出口正子さん
ドゥルカマーラがジュゼッペ・タッディで
ベルコーレは残念ながら覚えてませんが折江忠道さんか鹿野彰人さんだったような気がします。
ドゥルカマーラ役のジュゼッペ・タッディは、かなりお年を召した巨漢で、生意気なことをいう様ですが、そんなに声も出ていないような気がしたのですが、
役柄にぴったりで、演技がとても上手でした。
そして、終演後の拍手が一番大きかったのを覚えています。
当時はまだオペラ初心者でわからなかったのですが、
ジュゼッペ・タッディは、知る人ぞ知るオペラ歌手で、彼の来日はこの日のオペラの目玉でもあったようです。
彼の全盛期の声は知らないのですが、年を重ねて、たとえ昔の様な声が出なくても
往年のオペラ歌手は、舞台に立つだけでも喜ばれる、ということは
その後徐々に、実感としてわかる様になりました。
その時の出演者でもわかるのですが、オペラの公演というのは、日本の歌手と外国の歌手が両方いても成り立ちます。
イタリア語や、ドイツ語などのオペラが作られた原語で上演されるので、歌手の母国語は関係ないんですね。
イタリアのオペラであれば、日本人もドイツ人もアメリカ人も、忠実に元の歌詞、つまりイタリア語で歌うわけです。
だからこそ、世界中の歌手が一緒に公演できるんですよね。
それもオペラの良いところではないでしょうか。
もっとも、日本語に全部訳して上演することもありますが、作曲家は歌詞も含めて考えて作曲しているはずですから、やはり原語で聞きたいですね。
この様に、オペラは公演によっていろんなやり方があります。
すべてが外国の人で、ごっそり引っ越し公演の時もありますし
また日本人だけですべてやる場合もありますし、
二期会や藤原歌劇団が主で、主役の何人かを海外の歌手にすると言うパターンもあり、
いろいろなんですよね。
また、オペラは終演後に、カーテンコールと言って一人ずつ挨拶(お辞儀)をします。
そのときの拍手の大きさが違う、ということもその時にわかりました。
日本ではヨーロッパのオペラハウスの様に、できの悪い歌手や演奏にブーイングするようなことはほとんどありませんけど
この人うまいなあと思う人にはやはり、大きな拍手がそそがれて
いまいちの人は普通の拍手、という暗黙のものはありますね。
と言うか多分自然にそうなってしまうんでしょうね。
そういうのも生で鑑賞しないとわからないことでした。
オペラはたくさんDVDの映像が販売されているのですが、
はじめて生で劇場で鑑賞して以来、
もっぱら劇場に足を運んで鑑賞するのがが好きになってしまいました。
やっぱり生に勝るものはないんじゃないかと思います。
さて、愛の妙薬はアリアが独立しているので、例えば
人知れぬ涙をネモリーノが歌った後に、パチパチと拍手になります。
比較的時代が古いオペラはこの形式が多く、アリアを歌うと拍手で一旦中断し、
拍手がやむと続行、となるんですよね。
これもオペラならではの不思議な世界でした。
歌手が、アリアを素晴らしく歌った時は、やっぱり自然に拍手をしたくなりますしね。
ブラーボと言いたくなる人もいるわけです。
余談ですが、これって歌舞伎で大向こうの人が成駒屋!というように掛け声をかけるのとちょっと似てます。
ただ、すべてのアリアの後に拍手かというと、そういうわけではなく、
ワーグナーのオペラなどは途中の拍手は厳禁、
一幕が終わった後の拍手もしない、というルールがあります。
そもそもワーグナーのオペラには独立したアリアはないんですよね。
と言う具合に、オペラによっても違うということを、後々知る様になるわけですが、
何はともあれ、はじめてみた劇場のオペラ鑑賞を終えて、私は夢心地で帰ったわけでした。
それくらい、生のオペラは楽しかったですね。
そしてそこからオペラにはまっていくことに‥。
さて愛の妙薬には主要な登場人物は4人ですが、
もう一人、多くないけどちゃんと歌もある村娘のジャンネッタという役があります。
この役はまだ若くて今後期待のオペラ歌手が担うことが多いです。
このオペラを観る時には、将来の大歌手になるかもしれないジャンネッタにも、ちょっと注目すると面白いかもしれません。
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