ベルカントの唱法・ベルは美しい、カントはさえずる・今と昔は歌い方も違った?

今回はベルカントについてです。

ベルカント(bel canto)はイタリア語

belは美しいという意味です。

また、canto は鳴き声、歌唱、歌、曲、メロディー、さえずりといった意味。

なので、bel canto はイタリア語で美しい歌唱とか美しい曲、と言うような意味になります。

 

鳴き声とかさえずりと言う言葉が入っていることでわかるように、

美しい鳥のさえずりのようなイメージの言葉なんですね。

 

このようにベルカントと言う言葉には、美しい歌唱という意味と美しい曲という2種類の意味があるので

 

美しい歌唱に対する言葉として→ベルカント唱法

美しい曲に対する言葉として→ベルカントオペラ

 

と言う二種の言葉がよく使われています。

そのほかに

ベルカントの歌手と言う言葉も使われますが

これはベルカント唱法を得意とする歌手という意味と

イタリアのベルカントオペラを得意とする歌手という意味があると思います。

ベルカントオペラをベルカント唱法で歌うので結局は同じになりますが‥。

 

ベルカント唱法

 

ベルカント唱法について調べていくと、

次で書くベルカントオペラが書かれた19世紀前半までの時代の頃に、言われていたベルカント唱法と

現代のベルカント唱法という言葉とは、意味が若干異なっていることに気がつきます。

 

19世紀前半までのベルカント唱法というのは

理想的なイタリア式の歌唱法

で、低音から高音までを均一に美しく、しかも楽に出すことができ、また

コロラトゥーラなど高度な装飾技術も備えている唱法、

となっています。

 

古い時代のオペラは、即興的に歌手の技術を披露する場面が多くあり、

鮮やかに美しく軽やかに歌うことが求められていたんですね。

 

現代では存在しませんが、かつてカストラートという

去勢した男性歌手もベルカント唱法により華麗に歌っていました。

カストラートとカウンターテナー

その唱法は裏声の訓練と地声の訓練をそれぞれ行い、その境目の声をスムースにつなぐ訓練を行っていく

と言う訓練法だったようです。

(もっとも、当時の録音などほとんどないので、どんな声だったのかは実のところ想像でしかないんですけど)

 

そして現代では、ベルカント唱法というと、主にドイツ唱法に対する言い方になっていて、

呼吸法や体の使い方を中心に唱えられています。

 

ドイツ式唱法というのは19世紀中頃から盛んになってきた唱法で

それまでの鳥がさえずるような軽やかな歌声というより、ワーグナーやヴェルディのオペラのように

劇的で叙情的な強い声を出す唱法です。

 

息の使い方がそれまでの歌い方と異なり、大まかに言うと、

腹式呼吸で横隔膜を下げて息を吸い込んだ体の状態を保持したまま

声を出していくという、腹筋などの強い筋肉を要する歌い方です。

 

日本人は体が小さい人が多いので、ドイツ式唱法は難しいといわれますが、

この唱法で歌っている人も多いと思います。

 

最近では無理なく楽に声を出すベルカント唱法の方が日本人には向いていると言われています。

 

この場合のベルカント唱法というのは、呼吸とか横隔膜の使い方を指していうことが多く

ドイツ式のように、お腹を張った状態で声を出すのではなく自然な呼吸に近いやり方で無理なく息を出していくやり方を指しているんですね。

 

どちらがいいのか、合っているのかはその人によるのだと思いますが、

日本人も全体的に体格がよくなっていることも確かで、ドイツの男性の平均身長が178センチに比べると

日本人は約170センチで、まだまだかなわないとはいえ、

江戸時代の日本人男性の平均身長が155センチだったことを思えば、欧米並みになってきたのは確かですよね。

実際日本人でも外国人並みの強い声を出すオペラ歌手が増えているなあと思いますし。

 

 

ベルカントオペラ

 

美しいオペラをベルカント唱法を駆使したオペラ歌手が華麗に歌っていたのは

19世紀前半だけではなく、それより前の時代からありました。

しかしながら、現代において、ベルカントオペラと言われているのは主に19世紀前半のイタリアの

  • ロッシーニ
  • ドニゼッティ
  • ベッリーニ

の3人の作曲家を指して言うことが多くなっています。

 

現代も上演回数が多く、長く世界中で親しまれているオペラで

その美しさや完成度を考えれば納得できます。

 

ドニゼッティのランメルモールのルチアなどは「ベルカントオペラの最高峰」

などという謳い文句にしていたりしますね。

 

確かにオペラをいろいろ見ていても、ロッシーニやドニゼッティのオペラは珠玉の美しさがあると

私も思います。

 

なかでもベッリーニの音楽、旋律はとても繊細で美しく、高度な技術も要するので

まさにベルカントオペラだと思うのですが、

ベッリーニのオペラ「ノルマ」については、さらにドラマティックな声も要求されているんですね。

 

ベッリーニの後のヴェルディの時代に見られるドラマティックな歌唱法の魁というか、

実はノルマの頃の歌唱は過渡期なんじゃないかという気もします。

 

ヴェルディの時代になると、まだまだコロラトゥーラなどの技術を要する面も残っていたとはいえ、

ドラマティック性を重視するようになったので、華麗な技術は徐々に減っていき、

さらに後のプッチーニの時代になると、コロラトゥーラなどはほとんどなくなり

劇的な表現が重視されるようになっているんですよね。

 

ベルカントオペラの3人の作曲家のうち、ロッシーニはもっとも多くの作品を現代まで残し、

一番長生きしています。

 

そのロッシーニは3人の中では一番軽めの歌唱でいけるオペラだと思います。

ところが彼自身の晩年のオペラでは、歌手が今でいうドイツ式の歌い方

つまり大声で情熱的で劇的な歌い方をしたので、当時ロッシーニはがっかりしたといいます。

 

さらにロッシーニにとってショックだったのは、その歌い方が彼の意に反して聴衆には絶賛されたことだったんですね。

それが時代の流れというものなのでしょう。

 

ベルカントの歌手

 

では最後にベルカントの歌手ですが、

ベルカントオペラををベルカント唱法で歌うことを得意としている歌手の代表は

現在まだ歌っている女性なら、エディタ・グルベローヴァでしょう。

 

少し前ならモンセラート・カヴァリエジョーン・サザーランド。

レナータ・スコットも生粋のイタリア仕込みで素晴らしいベルカント歌手だと思いますが、

その後ワーグナーやプッチーニなども歌うようになっているので、

声が強くなってきたということなのでしょうね。

 

マリア・カラスもベルカント唱法の華麗な技術を持っていましたが、

声がドラマティックだったため、ベルカントオペラに限らずヴェルディやプッチーニも得意としていたので、またちょっと系統が違うかなとも思います。

 

個人的には軽いリリックな声で、コロラトゥーラなどの技術に際立っている人で、

ワーグナーなどに移行しない人が、ベルカント歌手のイメージなんですよね。

 

なので、イタリアのマリエッラ・デヴィーア、韓国のスミ・ジョーなども、ベルカントオペラにぴったりの声と技術だと思います。

 

男性だと現在なら、ファン・ディエゴ・フローレスが浮かびます。

コロコロと転がすような正確な技術と軽やかな声はまさにベルカントオペラにぴったりですね。

少し前ならロックウェル・ブレイク

この人の華麗な技術もすごいものです。

難なくこなしているように見えるところはフローレスと似ていますね。

 

ルチアーノ・パヴァロッティもイタリア出身ですし、

もともとはベルカント歌手と言えるのかもしれませんが、

体が大きくなって、それに見合った大きな声がでたので、ヴェリズモオペラやヴェルディなどもこなしていました。

マスカーニとカヴァレリア・ルスチカーナ(ヴェリズモオペラ)

ベルカント唱法は体に無理のない唱法と言われるのですが、

エディタ・グルベローヴァが70歳を超えてもなお、若々しい声で歌っているのを見れば

無理のないベルカント唱法の結果ではないかと感じています。

 

最近時々思うのですが、なぜ人はオペラにおいて、強く劇的な声を求める傾向があるのか、ということです。

ワーグナーのように強い声を求めるオペラならわかるのですが、

そうではないオペラであっても、似たような声であれば声は大きく響く方が良い、

小さい声はダメ、声が出ていないという認識があるような気がしています。

 

ここぞというときにバーンと大きな声が出ると、感動が大きいのは確かなんですけどね。

ドラマティックな声の人はリリックな役もできる、大は小を兼ねる、

というような意見も聞きます。

 

役にはそれぞれ合った声があるとは思うのですが、

強い声、劇的な声に熱狂してしまうのは、やはり声が持つ力というのが大きいんでしょうね。

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