今期の新国立劇場に感じる攻め
今日はムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」をみに行ってきました。
場所は新国立劇場のオペラパレスです。
今期の新国立劇場のシーズンにはなんていうかすごく攻めの姿勢を感じてます(私だけかもですが)。
10月の一番最初がジュリオ・チェーザレ、そして次が今回の「ボリス・ゴドゥノフ」ですからそもそもちょっとびっくりというか。
ジュリオ・チェーザレって知らない人の方が多いんじゃないかなっていうオペラですし、それをシーズンの最初に持ってくるのは、数十年前の日本ならちょっと考えられないことだったと思うんですよね。
席が埋まるのかなあって‥
モーツァルトとかプッチーニを持ってきた方が無難じゃないかって。
それが今やジュリオ・チェーザレも驚きなのに2番目に持ってくるのがムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」というさらにマイナー感のあるロシアものオペラ。
ところが行ってみるとほぼ満席だったのです。
昔は珍しいオペラは海外に行かないと見ることができなかったものですが、今や日本で見ることができるようになり
ほんとに日本のオペラってこの数十年ですごい進歩を遂げている気がしてうれしい!。
しかもレベルがどんどん高くなってて、いまや世界レベル。
確かに世界の有名どころのオペラハウスには著名な歌手がくるし、有名なオーケストラもいるけど、日本のオペラのきめ細やかな演出や、合唱のうまさとか歌手の揃え方とか‥。総合的にみると日本ってすごいんじゃない?って思うのです。
なので以前ほど海外に行ってオペラを見たいってそれほど思わなくなりました。
(建物がゴージャスだったり古かったりするのでそれはやっぱり見たいですけど‥笑)
日本もオペラ好きが増えているんですねえ(とはいえ私の周りにはまったくいませんが‥)。
何はともあれボリス・ゴドゥノフがこの日本で生でこんなちゃんとした公演で見られるとは思っていなかったので
すごく楽しみにしていたのでした。
今シーズンの演目の中では個人的には一番行きたかったオペラです。
知っているボリス・ゴドゥノフとはかなり違った
さて今回ボリス・ゴドゥノフを始めて生で見たのですが、まず思ったのは
このオペラは改訂版が多いとは聞いていたけどほんとに違うんだなということ。
私が知っているボリス・ゴドゥノフとはかなり違っていました。
特に後半。まずマリーナがいない‥。マリーナっていうのは偽ドミトリーが好きな女性です。
この存在が完全になくなってました。
といっても私が知っている版のマリーナは、原作のマリーナとかなりタイプが違っていたので、今回のようにマリーナの存在自体が無いのは、それはそれでアリだなとは思いました。
そもそもマリーナは当時このオペラに華やかさが少なすぎるっていうので足した存在だったのかもしれないし‥(よくわかりませんが)。
あとは障がいをもつ聖愚者としてのフョードル。これが生々しい演技でこういう表現ってありなの?とちょっとショッキングな感じすら覚えました。
私が知っている版では世を憂える白痴は居たけど、それはフョードルではなくおじいさんの白痴だったと思います。
もっともこれは改訂版うんぬんというより、今回の演出によるところなのかな?という気もします。
また、フョードルが死ぬ場面はなかったと思うのですが、今回は枕を押し付けられて窒息死。あ‥殺しちゃうんだとか。ちなみに原作では毒を飲んで死ぬんだと思います。
などこのオペラの改定ってなかなかの大きな改定なのねと思ったのでした。
ムソルグスキーの音楽ってなぜか良い
オペラってストーリーがあるし舞台のセットは動くし歌手が歌うからどうしてもそっちに目が行きます。
私にとって音楽の方はこれらに自然にくっついてくるものであって、ここの音楽が良いとか悪いとか、作曲がすごいとかそういうのを考えながら見たりすることは正直あまり無いです。
多分プロの方は違うのでしょうけど。
でも今回ムソルグスキーっていう人の音楽はなんか違うんだなあと漠然と感じながら聞いていました。
ヴェルディともプッチーニとも違っていてワーグナーともまた違う。何がどう違うのかはわからないけど‥。
時々ロシアの民謡なのかな?というフレーズが現れたり、かと思うと情緒たっぷりの音楽が現れたりとその変化が独特なのかな‥などと思いながら聞いていました。
舞台が動いているのにこんなに音楽が気になったのは初めてだったかもしれません。
あと歌が聞きやすかったです。
盛り上がるところでも静かなところでもちょうどよく音楽が流れていて歌が聞こえてくる、そんなことを感じながら見て、聞いていました。
今回はムソルグスキーの原点版もはいっているとのことです。それがどこなのか、どう違うのかはわからないのに
なぜか原点版に触れられることも嬉しい気がしました。
4幕最初の音楽はよかったなあ‥。
ムソルグスキーって不思議な魅力のある音楽です。この魅力はいったいなんなのか、なんか違うんですよね。
また聞いてみたい。そんな風に思ったムソルグスキーの音楽でした。
演出は現代的
ボリス・ゴドゥノフの時代は16世紀頃後半から17世紀始めころの古い時代だと思いますが
今回の舞台はとても現代的でした。
今回の演出はもともとポーランドの劇場で最初にやるはずのものだったようですが、
そういえばこのボリス・ゴドゥノフの舞台って地理的には今のロシアとポーランドのあたりなんだなと改めて思ったのでした。
舞台には細長い電気で囲まれたいくつかの四角い空間があって、それが上下左右と動いていました。
そしてバックに映し出される映像。
衣装もスーツ姿でいかにも現代的。
最近思うんですけど演出って前半はすごく気になるんですけど、後半になってくると演出の意図に見ている方も慣れてくるのか、ストーリーに集中してしまうからからなのか、後半はあまり気にならなくなってくるように思います。
逆にいえば演出は前半のインパクトって大事なのかなと。
今回は前方右側に障害のあるフョードルが現れてこれがすごいインパクトでした。
あと個人的にすごく良いと思ったのがミラーボール。これに映し出される映像は人のような人でないような
わかりそうでわからない、見えそうで見えない、そんなもやもやした映像が変化していくので「なんなんだろう?」ってすごく気になりました。
暗示するかのようでもあり、未来を映し出す玉のようでもあり‥。
なぜかハリーポッターを思い出してしまいましたが。
最近の新国立劇場はけっこう挑発的というかドキッとするような演出もありますが、今回もそんな感じもありつつ、シュールさもあり、考えさせられるような演出だった気がします。
子供たちが大きなかぶりものをして倒れている様子が個人的には特に印象的で、なんだか人間とは違う別の生き物がうごめいているようなシュールで不気味な感じがしました。
歌手について
今回もコロナの世の中の情勢の影響で主たるキャストが大幅に変わったようですが、それをまったく感じさせずすばらしかったです。
タイトルのボリスを歌ったのはギド・イエンティンスさん。昨年のマイスタージンガーでエーファのお父さんポーグナーを歌った人です。
その時も慈愛に満ちた声だと思いましたが、恐れられる皇帝というよりは悩みつづける皇帝なので、あまり強すぎない声が良いのかもと思いました。
同じバスでもピーメンとは全然違う声質だったのでそれも良かった気がします。
演技と雰囲気にに深みがある方だなあと思います。個人的にも好きな歌手さん。
ただ2幕のモノローグで短パンにガウンを着ていたので、服装からどうしても悩めるお父さんに見えてしまった(笑)
ピーメンもですけどボリスは長く歌い続けなければならないのに、全然疲れを感じさせない歌い方で、なんならこの人ずーっと歌い続けられるのかなと思うくらい余裕だったのもすごいです。
息子のフョードルは黙役ですがすごく大事な役、これを演じていたのはユスティナ・ヴァシレフスカさん。
歌手なのか役者さんなのかはわかりませんが、インパクトのある演技で最初から驚かされました。
黙役でこれだけ存在感を出せる役もなかなかない気がします。
そしてピーメンを歌ったのはゴデルジ・ジャネリーゼさんというバス。
この人がまたすごい声で雷鳴が轟くとはこのことかというような強いバスの声。
まだかなり若いようですけど、こういう人がまだまだいるのだと思うとワクワクします。
大野和士さんがYouTubeで見つけたって確か書いてあったので、歌手の人もYouTubeってやるべきなんだなと思っちゃいました。
この方のすごいところは全ての声と言葉がすごくちゃんと聞こえてくるんですよね。
人によっては音程によってよく聞こえるところとそうでもないところがある人もいると思うんですけど、ロシア語がわからないながら、なんか全ての音程の言葉が聞きやすいように感じました。
発音なのか発声なのかその辺はわからないです。
いずれにしてもこれからすごく楽しみな人です。
そして偽ドミトリー役は工藤和真さんというテノール。
テノールにしては落ち着いた声っていう気がしました。
この役ではもっと悪い人になってもいいような気もしましたが、それは演出にもよるのかも。
なんとなく良い人役が本来合っているのかな‥ってちょっと感じました。
ドミトリーにうその似顔絵を言われてしまうヴァルラーム役が河野鉄平さん。
河野さんはオペラごとにほんといろんな顔を見せてくれる方ですが、今回もすごく目立ってました。
顔にも特徴があるので、この方がいるとすぐわかります。演技も上手いっていう感じ。
ボリス・ゴドゥノフには女性が少ないのですが、今回清水華澄さんも出ていたのは後になって気づきました。
ちゃんと気をつけて見ていればよかったって、ちょっと残念。
ボリス・ゴドゥノフはすごく合唱のシーンが多いです。
で、日本のオペラってすごく合唱が上手いと思うんですよね。
今回の合唱もすごく良かったです。特に高いところで歌っていた女性合唱はほんとに美しかった。
そして最後も迫力がありました。合唱にも大きな拍手を送りたいです。
それにしてもなかなか陰惨というかセンシティブなストーリーでした。
でもすごく見応えがあっておもしろかったです。ロシアものってやっぱり独特。でもまた見たいですね。
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