かつて「カストラート」という映画がありました。
1994年に公開された映画です。
カストラートとは、去勢された男性歌手をさすのですが、
人道的な見地から、そのような行為は禁止されたので現代ではカストラートは存在していないです。
そのためカストラートの生の声を聞く事は、残念ながらもうできないのです。
今となっては幻の歌手ですが、カストラートの人気は18世紀頃絶大でした。
遠い昔のことなのですが、なぜ人気があったのか現代にいても身近なこととしてなんとなくわかるような気がするのです。
カストラート
成り立ち
かつて西洋の教会では女性は口を閉ざしていなければいけませんでした。
そのため教会音楽の高い声はボーイソプラノ達が歌っていました。
ボーソプラノといえば日本ではウィーンフィル少年合唱団が有名ですよね。
ところが教会で歌の芝居もするようになると、少年では演技に円熟味が無いし声も細いので力不足に感じられるようになったのです。
そこで円熟味がある大人の声で女性の声がでる男性の需要が求められたのです。
それがカストラートになっていったといわれています。
一番最初にカストラートが生まれた成り立ちというのははっきりはしていないのですが、
おそらく病気か何かで去勢した男性の声が、大きくなってもボーイソプラノを保っていた事がきっかけではないかと言われています。
その子は12〜3歳頃の変声期になっても声が変わらず、美しい声が出せたのでしょうね。
そしてカストラートの声がもてはやされるようになったようです。
カストラートの魅力
カストラートの魅力は何と言ってもその声質だったのではないかといわれています。
というのも、去勢するとホルモンの影響で声はボーイソプラノの高音を保つ一方、
体は男性として成長するので、普通の男性並みの太い喉と広い胸郭を持つわけです。
カストラート達の魅力は女性のような高い声を男性の体で野太く出せること、
しかも低い声から高い声まで出せるのですからそれはすごいインパクトだったとおもいます。
カストラート達は信じられないほど艶やかで魅力的な声を出す事ができたと言われているんですね。
映画「カストラート」を覚えている人もいると思います。
その中のシーンでは、カストラートの歌声に失神する女性がでてきますが、大げさでなくわかる様な気がします。
というのもカストラートがいなくなると、それに代わる歌手としてソプラノ歌手が主となり今に至るわけですが
ソプラノ歌手の場合、高音が得意な歌手は低音が弱くなり、
反対に低音がしっかり出る歌手は、高音があまり出ずちょっと残念、ということがよくあります。
それは仕方のない事ですが。
ところがカストラートは3オクターブ半以上出せたと言いますからその音域はとても広かったのです。
ちなみに普通の人の音域はせいぜい2オクターブとちょっと、くらいのものです。
さて、カストラートと少し似たタイプで、やはり女性の様な声を出す、男性のカウンターテナーという歌手がいるのですが、こちらはファルセット(裏声)を使う歌い方でカストラートとは違うんですね。
このカウンターテナーは現在も残っており
もののけ姫の米良美一さんなどはカウンターテナーになります。
このカウンターテナーで有名な人では他にヨッヘン・コヴァルスキーという人がいます。
カストラートの声が素晴らしかったのではないかと想像する理由の一つが
この人の歌声を聞いた時の印象です。
私の中ではかなりの驚きでした。
女性のような高い声なのに女性にはありえない声質で、太くてそれはそれはふくよかな声だったのです。
失神はしませんでしたがかなり感激的でしたね。
それを考えると、裏声発生ではなくて女性の音域を男性の胸郭で出していたというカストラートの声は
どんなにか素晴らしかっただろうと想像してしまうのです。
全盛期のカストラート
テレビや映画のない時代、オペラは人々の大事な娯楽や行事の一環だったようです。
そんな中カストラート達は全盛期を迎えるわけですね。
おそらく全盛期のカストラートは現在のアイドル歌手のような人気だったのではないでしょうか。
オペラはカストラートのために作曲され、オペラは彼らを引き立てるためのものだったわけです。
現在も、人気アイドルのために曲が作られてその舞台にはファンが大勢集まりますよね。
カストラートはオペラの音楽を途中で止めてカデンツァ(即興的な歌)を歌い、超絶技巧を披露し、
観客は拍手喝采してそれに歓喜する、そんな状況だったのだと思います。
18世紀の事なのですが、なんとなくその熱狂は想像できる気がするですよね。
映画の「カストラート」では作曲家の兄が弟を去勢させ、弟はカストラートになり、兄が作曲したオペラを歌うという兄弟の愛憎も絡めていましたが、
実際カストラートが全盛期の時期、一部のカストラートの収入は桁外れに高かったと言います。
そのため歌の才能も見込めないのに、一攫千金を狙う親の一存で去勢させられた7〜11歳の少年が数多くいたと言われます。
カストラートの誕生の裏ではそんな辛い現実もあったということです。
現在もそうですが、一流の歌手になるためには、大変な訓練が必要ですから、去勢したからと言って誰でも有名になれるかというと、それはやはり無理ですよね‥。
カストラートの衰退
カストラートがカデンツァや超絶技巧を披露するために
勝手に楽譜を変更するというような事が続く事に対して、作曲家達が良い感情を持つはずはありません。
一説には当時大量に作られたオペラの質がそれほど高くなかったと言われています。
数多くのオペラが作られたにもかかわらず、現在も上演されているオペラが少ないのはそのせいかもしれません。
そのようなカストラート中心の状況で、良い音楽が生まれるのは難しいですよね。
映画「カストラート」の中でも、主人公のファリネッリは兄が作る単調なオペラに嫌気がさし、ヘンデルの曲を好むのですが、
そういう時代の流れだったのでしょう。
今の時代にヘンデルを聞くとプッチーニなどに比べて退屈さを感じるのですが、他のバロックオペラを聞いてからヘンデルを聞くとやはり格段に良いんですよね。
また、初期のモーツァルトの作品にはカストラートのオペラがありますが、モーツァルトもカストラートをよく思っていなかったようで、
後半のオペラにはカストラートらしき役柄はあまり出てきていません。
そうやって徐々にカストラートの需要は減り、音楽重視になって、カストラートは衰退していっていたのだと思われます。
少しあとになりますが、作曲家ベルリオーズなどは、はっきりとカストラートは必要無い事を言っていたようです。
そしてやがて、人道的な見地からカストラートになるために去勢する事は禁止され衰退していったのです。
カウンターテナーと現在から見たカストラート
カウンターテナーとは
カストラートの存在を知ってからしばらくの間は
カストラートの衰退によって代わりに出てきたのがカウンターテナーだと思っていました。
ところが実際にはカウンターテナーの歴史は古く、
カストラートより前から教会で女性の声域を歌っていたんですね。
カストラートが衰退したあとは代わりにソプラノのプリマドンナが台頭していくので
カウンターテナーの方は、細々と続いていたという感じです。
現在もイギリスの聖歌隊では伝統的にカウンターテナーが歌っているようですね。
ヨッヘン・コヴァルスキーという歌手は、小柄なカウンターテナーが多い中、
声もよくて高い声が出る上に背も高く人気がありました。
こうもりのオルロフスキーは彼の当たり役でしたが、最近ではオルロフスキーは女性がやる事がほとんどになっていますね。
カウンターテナーの活躍の機会は少なくなっているような気がして、すこし残念な気がしています。
私はもっと聴きたいと思うのですが‥。
現代に見えるカストラートの存在
現代でも時々カストラートの存在に気づく事があります。
書物でオペラの配役を見ているとき、例えば椿姫の場合だと
- ヴィオレッタ・・・S(ソプラノ)
- アルフレード・・・T(テノール)
のようにソプラノがやるのかテノールがやるのかが、書かれるのですが、
下記のように二つの声が書かれているオペラがあるのです。
- ネローネ・・・SまたはT(ソプラノまたはテノール)
- シーザー・・・AまたはBr(アルトまたはバリトン)
初めて見た時は、ソプラノかテノールという書いてあるけど、
両者は音域も違うし、男女の違いもあるのにこの「SまたはT」とはどういうことだろうと不思議でしたが、
これこそかつてカストラートが担当していた役柄なんですね。
カストラートは英雄の役が多かったので、現代で代替するとしたら男性の太い声が合っていますが、
それだと高い声が出ませんし、
女性が担当すると、高い声は出ますが勇壮な英雄には役不足で、どちらも完璧には行かないわけです。
それでどちらの場合もあるのではないかと思います。
さて、そんなカストラートが歌っていたオペラで、現代でも有名なオペラは
ポッペアの戴冠、セルセなどでしょうか。
セルセ王が歌うラールゴのアリアは非常に有名ですが、
この歌をカストラートで聴いたらどんなにか素晴らしいんだろうと、ついつい思ってしまいます。
ちょっと余談ですが運命を作曲したベートーヴェンも優れたボーイソプラノだったため、カストラートになることを勧められていたといいます。
もしもベートーヴェンがカストラートになっていたら‥
その後ベートーヴェンは自分が作曲したオペラを、自分自身で歌ったのだろうか、
などとまたまた考えてしまいました。
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