オペラの中にはグランドオペラと呼ばれる類のオペラが流行した時代があります。
それは1820年代〜1850年代頃にパリで生まれたオペラで、全オペラ史上の中でも最も華やかなオペラの舞台だったと言ってもいいと思います。
そんな時代に大スターだったにもかかわらずたった5年ほどで声を失ってしまった若きディーヴァ、コルネリー・ファルコンについてです。
パリオペラ座のスター歌手
そもそもなんですけど、オペラを見る時っておそらくほとんどの人が
- どんなあらすじ?
- 誰が歌うの?
- 上演場所は?
- 有名なアリアはある?
というようなことが気になるのではないでしょうか。
一方で、「初演では誰が歌ったのか?」っていうことはほとんど気にしたことがないと思います。
そもそも初演なんて200年とか300年も前のことだったりしますし、当時の歌手が誰であろうと関係ないですよね。
ところがオペラって初演で誰が歌ったかっていうのがちゃんと残っているんですよね。それがまずすごいなと思うんですが、
グランドオペラをいろいろ見ていると、初演のことがちょいちょい出てくるわけです。
こんな衣装だったとか、誰が歌ったとか‥
そうすると頻繁に出てくる歌手の名前っていうのがあるんですよね。
つまりグランドオペラの時代には何人かのスター歌手がいたんだなというのがわかってちょっと昔の歌手にも興味が湧いて来たんですよね。
たとえば、アドルフ・ヌーリとかサンティ・ダモローとかそして今回のコルネリー・ファルコンもその一人です。
録音がないからどんな声だったのか聞くことはできないけど、グランドオペラを歌っていたと言うだけでまずすごい歌手だったと思います。
そもそもグランドオペラは長いし、主要キャストに求められる技術、演技力、体力はとにかく大変だっただろうというのはオペラを見ればある程度わかりますから。
中でも今回取り上げるコルネリー・ファルコンという女性はたった5年ほどで大スターの座から降りてしまったんですよね。
しかもまだ20代前半でした。
理由は声を失ってしまったから、
しかも舞台で声が突然出なくなったのです。
コルネリー・ファルコンというパリオペラ座のスター
コルネリー・ファルコンは1814年パリの生まれのソプラノ歌手です。
ソプラノの分類に入れていいのかなというのはちょっと思うのですが‥。(低い声もでたらしいから)
パリ音楽院で学ぶ学生だったコルネリー・ファルコンは、すでにオペラ座のスターだったアドルフ・ヌーリ(テノール)に認められてオペラ座の舞台に立つことになりました。
時代はまさにグランドオペラの絶頂期です。
ファルコンがデビューしたのはマイアベーアの「悪魔のロベール」というグランドオペラでした。
パリでの41回目の公演だったとか。
それは1832年のことで、なんとその時ファルコンは若干18歳という若さでした。
18歳でそんな大舞台に立つと言うのがまず現代との違いを感じますね。今ならありえないですから。
悪魔のロベールっていうオペラは日本ではあまり知られていないんですけど、当時は相当人気になった演目だったらしいんですよね。
実際私も映像でしか見たことがないけど壮大でおもしろいオペラです。
悪魔のロベールの初演が1831年の11月だったのですが、翌年ファルコンが登場した時にすでに41回目の公演だったということから、当時のこのオペラの人気ぶりが相当だったことがそこからもわかりますよね。
今ではオペラを紹介している本の中には悪魔のロベールは、載ってさえいないものもあるんですけど‥。
パリオペラ座デビュー
コルネリー・ファルコンが最初に登場したのがマイアベーアの悪魔のロベールだったんですけど、その時の役がイザベルだったのか、アリスだったのかどっちなんだろう?とちょっと思いました。
ロベールの恋人役はイザベルなんですけど、アリスは一応メゾとなっていたりしますけど、かなり高音もでてくるし、どちらも重要な役で出番も多いんですよね。
ただ、ファルコンが登場した際、アドルフ・ヌーリもジュリー・ドリュ・グラっていう人もでていたみたいなんですよね。
でこの人達って初演でロベールとアリスを演じている人たちなので、おそらくファルコンはイザベル役だったんだと思います。
ちなみに初演の時のイザベル役はサンティ・ドモローという歌手なんですけど彼女は1801年生まれでファルコンより13歳年上。
当時としてはおそらくベテランの域だったんじゃないかと思います。
ファルコンはドモローに変わる新星ともいわれたらしいんですよね。
それにしても当時は本当にスター歌手の年齢が若かったことがわかります。
今は世界的に見ても18歳で大舞台に立つなんてありえないですし、ドモローに変わる新星といってもドモローだって当時30代ですから。今なら若手もいいところです。
とはいえ、若いキャストが多かった当時のパリオペラ座は、華やかだったんだろうなとも思います。
あと今は体調が悪い時のために必ず控えの歌手っているみたいですけど、当時人気のオペラはどうな風にしていたんだろう、とふと思いました。
また、人気演目になると何十回もやったわけですから、いったい同じ役を歌える歌手が何人くらいいたんだろうなって思います。
今なら劇団四季のキャッツみたいに何人も主役を歌う人がいたんでしょうね。
あと人によって値段が違ったりしたんだろうか?など、その辺も興味があるところです。
次々にパリオペラ座の大舞台へ
悪魔のロベールで一躍人気になったコルネリー・ファルコンはその後パリオペラ座のスター歌手になって次々にいろんな作品の初演に登場しているんですよね。
- 1833年 オベールの「グスタフ3世」
- 1833年 ケルビーニの「アリババ」
- 1835年 アレヴィの「ユダヤの女」
- 1836年 マイアベーアの「ユグノー教徒」
- 1836年 ルイーズ・ベルタンの「エスメラルダ』
- 1837年 ニデルメイエールの「ストラデッラ」
など。初演だけでもこんなにでているわけです。初演に出るっていうのは当時のスター歌手が出ると思うんですよね。
これらの多くはグランドオペラだし、それをこなすのは大変なことだったと思います。
どんだけすごかったかというのは、収入にも表れていて、当時約5年で得た収入は約5万フラン程度だったのではないかと。
それがどれくらい多いのかはちょっとわからないんですけど、もともと師ですでにオペラ座のスターだったアドルフ・ヌーリの2倍とか3倍とも言われています。
また当時は年400フランあれば一応生活できたらしいのでどれだけ多かったかというのはちょっとわかりますよね。
声が出なくなる
そんな人気絶頂のファルコンの声が突然出なくなったのは1837年のストラデッラの公演の時でした。
ストラデッラというのはニデルメイエールという人が書いたグランドオペラなのですが、
そのストラデッラの2回目の公演の時、徐々にファルコンの声は出なくなり、ついに口は動いているけど無声という状態になってしまったのだそうです。
ついにファルコンは舞台の上で失神してしまったのだとか。
舞台にはアドルフ・ヌーリもいて、彼女を舞台裏に運んで行ったのだそうです。
ストラデッラがどれだけ負担が大きい作品だったのか、そもそも声が出なくなっていたのか、その辺はわかりません。
その後治療して一旦復帰するものの、このあとのパリオペラ座の少なくとも初演から、コルネリー・ファルコンの名前は無くなっていくんですね。
とはいえ、ストラデッラで声が出なくなった時のファルコンはまだ23歳という若さだったんですよね。
ファルコンはその後結婚して1897年(83歳)まで生きていたみたいです。(ヌーリのように自殺しなくてよかったです)
ファルコンというソプラノの声
現代では、若いうちはあまり無理して重い役をやってはいけない、声が出なくなる、痛めるというようなことをよく聞きます。
それってこのファルコンのことがあったからなのかなとちょっと思いました。
その結果なのか、スター歌手の年齢は上がって、今は40代が一番脂がのってるとも言われますよね。
まあ歌がうまければ意外に年齢って気にならないものなんですよね。ちゃんと純真無垢な娘に見えちゃう。
だから40代50代、下手したら70歳で10代の役なんかをやりますよね。
でもおそらくグランドオペラの時代にはそんな年を取ったスターはいなかったんだろうなと思います。
確かにグランドオペラが歌手に求めるレベルってすごく高いと思います。
よく歌えるなあと思いますもん。
でも若いオペラ歌手のスターがいることはそれはそれで若い観客も増えると思うし、やっぱり若い役は若い人がやったほうが本当はいいような気も最近はしています。
グランドオペラは重すぎてだめでも軽いオペラはたくさんあるし、そういう演目で20代前半とかそういう若いスターが出て来ればもっと若いファンも増えるんじゃないかなと、ちょっと思ったりしますね。
こじんまりした劇場では若い人たちが活躍してるみたいですけど‥。
ちなみにコルネリー・ファルコンという人はどんな感じだったというと、見た目は大きな暗い瞳は憂鬱そう、
低音域が強く、軽い高音も出る、ドラマティックな声質だったようです。
いまもソプラノの中でファルコンという分類があります。
たった5年程度の活躍だったのに、名前がソプラノの分類に残ってしまうとはそれだけ印象的な声だったんでしょうね。
だいたいが名歌手と呼ばれるソプラノって低い声がちゃんと出るっていうところは共通している気がします。
マリアカラスなども低い声が安定してますし。
ちなみに声が出なくなったストラデッラでファルコンの代わりに歌ったのは、ロジン・シュトルツという歌手だったそうです。
彼女についてはドニゼッティのラ・ファヴォリータでちょっと触れたので、そちらもよければどうぞ。
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