「皇帝ティートの慈悲」は、モーツァルトが亡くなる最後の年に作曲したオペラです。
同じ年に魔笛も初演していますが、二つのオペラは形式も趣も全く異なります。
皇帝ティートの慈悲の方は、すでにブームが過ぎていた典型的なオペラセリアでした。
成立と初演
- 作曲:モーツァルト
- 初演:1791年
- 場所:プラハ
戴冠式の祝典のために
18世紀は、オペラセリア(正歌劇)と呼ばれるオペラが盛んに作られた時代でした。
皇帝ティートの慈悲というオペラは、その典型的なオペラセリアです。
モーツァルトは、皇帝ティートが初演される同じ年に魔笛というオペラも初演しています。
魔笛は、セリフが入るジングシュピールというオペラで、のちのベートーベンに影響を与えたと言われる、新しい形のオペラなんですね。
また魔笛の前には、モーツァルトは、ダ・ポンテ三部作とよばれる三つのブッファ(喜劇)の名作
を作っています。
この流れをみると、18世紀に栄えたとはいえすでに下火になっていた、オペラセリアを、なんで今さら?と思ってしまうのですが
このオペラが、当時の神聖ローマ帝国のボヘミア王(現在のチェコ)の戴冠式祝典用のオペラだったからなんですよね。
オペラセリアというのは、伝説や、歴史上の英雄、王などを題材として扱っているのが特徴で、
その内容は、高貴で徳を伝えるようなストーリーであることです。
そのため、オペラセリアはボヘミア王の戴冠式の祝典にふさわしいということだったのでしょう。
戴冠式用のオペラの作曲が、なぜモーツァルトに依頼されたのかについては、
プラハはモーツァルトととても相性がいい場所だったから、ということが
理由の一つにあったと思います。
プラハとモーツァルト
モーツァルトの代表作にフィガロの結婚というオペラがあります。
現在でこそフィガロの結婚は、世界中のオペラハウスのレパートリーになっていますが、
フィガロの結婚が大成功を収めたのは、初演のウィーンではなくプラハだったのです。
また、フィガロの結婚の大成功があったので、プラハはモーツァルトに次なるオペラの作曲も依頼し、ドン・ジョバンニが生まれているんですよね。
とはいえ、戴冠式における皇帝ティートの慈悲の上演は、
必ずしも好評だったというわけではなかったようです。
と言うのも、皇后がイタリア人だったためドイツ人であるモーツァルトの作品を
「汚らしいドイツもの」と言ったと言われているんですね。
この言葉一つからも、いかに「イタリア人によるイタリア語のオペラが一番」という因習が当時あったかが伺えるのではないでしょうか。
現在でも、最も歌手に厳しい判定をするのはイタリアのオペラハウスと言われています。
イタリア人のオペラに対するこだわりは、現在まで脈々と続いているのかもしれません。
オペラセリアの題材
皇帝ティートの慈悲というオペラは、題名からも想像できるように、皇帝の徳を讃えるオペラです。
皇帝ティートというのは実在の人物で、
遠い昔、ローマ帝国で紀元後79−81年に即位していた皇帝。
暴君と呼ばれた皇帝ネロなどもいるローマ帝国において、
皇帝ティートは、慈悲深く徳が高い人物であったと言います。
オペラセリアと呼ばれる分野のオペラは、まさにこのような題材を取り上げているのが特徴です。
そして、オペラセリアといえばメタスタージオ、
というくらい、オペラセリアではメタスタージオという作家の台本がもてはやされたのですが、
皇帝ティートの慈悲は、そのメタスタージオの台本が元になっています。
実は、オペラセリアが最も隆盛を極めたのはもう少し前の時代なのですが、
その頃の作品は、現在あまり上演されません。
セリアの人気が衰えてしまった頃に作られたこのドイツ系のモーツァルトの作品が、
今ではセリアの代表のようになっているのは興味深いというか、イタリア人としてはたぶん納得いかないだろうなあ、なんて思っちゃいますね。
いかに多くのオペラセリアが、カストラートの人気に頼っていたか、型にはまった因習的なオペラだったかという、証拠のような気がしてしまいます。
高音域が多いという特徴
オペラセリアの特徴のひとつに、高音域が重要な役割を担っているということがあります。
- 皇帝ティート(男性役)・・・テノール(カストラートだったかも)
- 親友セスト(男性役)・・・・カストラート(現代ではメゾソプラノ)
- ヴィッテリア(女性役)・・・メゾソプラノ
- セルヴィーリア(女性役)・・・ソプラノ
- アンニオ(ズボン役)・・・・アルト
- ブブリオ(男性役)・・・・・バス
※ズボン役とは女性がやる男性役です。
これを見てわかるように、低音域はブブリオという役一人だけです。
しかもブブリオはちょい役。
それ以外は全て女性、またはテノール。
つまり高音域の歌手がほぼ担当しているのが、オペラセリアの特徴の一つです。
カストラートは現在は存在しませんので、この皇帝ティートに出てくるセストは通常メゾソプラノが担当します。
そのため、このオペラは複数の男性役を女性が担当するという、
なんとも面倒くさいことになっているんですね。
そして、カストラートがおらず女性がその役をやると、どうしても女性が多くなります。
この現象は、オペラセリアにおいては割と普通なんですね。
そのため、バロック時代のオペラを見ると、女性歌手が多いなと感じます。
シリアスなオペラにおいて、バスやバリトンが活躍するようになるのは、もう少し後のヴェルディ達の時代なんですね。
上演時間とあらすじ
上演時間
- 序曲:5分
- 第一幕:50分
- 第二幕:65分
正味2時間のオペラです。
休憩が一度なので、休憩を入れても2時間半ほどで終わりますからオペラとしては比較的短い方でしょう。
オペラの時は、ティートが在位した79年から81年の間。
そして、オペラの舞台はイタリアのローマ、現在のフォロ・ロマーノです。
皇帝ティートの慈悲・あらすじ
皇帝ティートの妃の座をめぐっての、ヴィッテリアの欲望と嫉妬。
それに巻き込まれた、皇帝の友人、セストとそれを取り巻く人たちの物語です。
筋を番号で書いてみたいと思います。
- ヴィッテリアは皇帝ティートの妃の座を狙っていますが、
- ティートが最初に選んだのは、ユダヤの娘。
- 怒ったヴィッテリアは、セストにティートの暗殺を依頼。セストはヴィッテリアが好き。
- ところが、ティートは、ユダヤの娘を妃にすることをやめると。
- 暗殺は延期。
- ティートは、セストの妹を妃にすると宣言。
- セストの妹は、好きな人がいるからと、断る
- それではと、皇帝ティートは、ヴィッテリアを妃にすると宣言
- それとは知らずに、ヴィッテリアは、すでに再び皇帝の暗殺をセストに指示してしまっていた。
- 暗殺は成功しなかったが、セストは捕らえられる。
- 決して口を割らないセストに、本当の愛を感じたヴィッテリアは、全てを打ち明ける。
- 慈悲深い皇帝ティートは、全てを許す。
というお話。
カストラートが担当するのは、皇帝ティートの友人セスト。
セストは、ヴィッテリアを愛しているので、最後まで彼女を守ろうとします。愛は強しですね。
見どころ
ボヘミア王の戴冠式のためのオペラとして作られたので、
それを念頭において見るのがいいでしょう。
特に序曲は、戴冠式らしい雰囲気が出ているので、見どころ聞きどころです。
特に有名なアリアはありませんが、カストラートが担当していた、セストのアリアがやはり最も見どころだと思います。
かつてはカストラートの歌で、人々が、歓喜していたことを思い浮かべてみるのも、楽しく
見どころと言えるでしょう。
特に、第二幕で皇帝ティートへの友人としての思いと、ヴィッテリアへの愛の間で苦悩し死を願う、
アリア「この一時だけでも」
はもっとも見どころだと思います。
また、第一幕の最後皇帝ティートの暗殺事件のことを人々が歌うところ。
バロック独特の、コンチェルタートと呼ばれる歌も見どころです。
交互に歌う様子はバロック特有の感じです。
皇帝ティートの慈悲を、作曲した頃のモーツァルトはすでに病で具合が悪かったため、
作品に疲労が見られるとも言われています。
そんなモーツァルトの、最晩年の作品であることを思いながら聞くのもまた良いかもしれません。
最後に、イタリア・ローマのフォロ・ロマーノには、ローマ帝国時代の遺跡が残っており、観光地にもなっています。
その中にはティートの凱旋門が現存しています。
このオペラの舞台になったところです。
私は残念ながら見に行ったことがありませんが、
機会があれば、行ってみるのも良いと思います。
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