マスカーニの「カヴァレリア・ルスチカーナ」暗くて地味なのにおもしろいオペラ

マスカーニのオペラを初めて見た時の率直な印象は、こんなに暗くて地味なオペラがあるんだ、と言うものでした。

 

その時見たのは映画版のオペラでしたが、

暗めの映像に、暗い内容主人公も地味で共感できるようなタイプでもない

 

現代で言うなら、嫉妬から来る殺人事件を再現ドラマにした様な、そんなオペラです。

ところが、そんなオペラが大好きなオペラの一つになったんですよね。

カヴァレリア・ルスチカーナには不思議な魅力があります。

 

オペラ カヴァレリア・ルスチカーナ

 

カヴァレリア・ルスチカーナの成立

 

  • 作曲家:ピエトロ・マスカーニ
  • 原語:イタリア語
  • 初演:ローマのコスタンツィ劇場

 

マスカーニは時代でいうとヴェルディの後でプッチーニとは同世代で友人でもありました。

そんな時代に生きていた作曲家です。

 

現代も、良い歌を作っていれば必ず有名になれる、というわけではなく、

周りの援助や協力、チャンスというものが必要だと思うのですが

 

それはオペラの世界でも同じことなんだと感じるのがこのマスカーニやプッチーニの人生です。

きっかけとか、チャンスとかそういうものを掴むも必要じゃないかと思うんですね。

 

ソンジョーニ社という企業は、当時大企業だったリコルディ社に対抗してオペラのコンクールを開催しました。

新人作曲家の発掘のためです。

 

そのコンクールで優勝したのがマスカーニのカヴァレリア・ルスチカーナでした

 

こんなことをいうと怒られるかもしれませんが、現在のアイドル発掘のオーディションと若干似たものを感じます。

 

テレビや映画がなかった時代、オペラは最大の娯楽でしたから、

現在より頻繁に新作が作られて、上演されていたんですね。

 

現代だと、人気アイドルを抱えているか否かは、そのプロダクションにとって重要なことであるのと同様、

当時は著名なオペラの作曲家を抱えているか否か、というのは音楽会社にとって重要なことでした。

 

というのも楽譜の版権が大きなビジネスだったんですね。

 

ソンジョーニ社は有名どころの作曲家の版権を持っていなかったため、新人の発掘のために社運をかけてコンクールを行ったわけです。

 

考えてみるとわかるのですが、オペラが人気になれば、イタリアだけでなく世界中で上演されます。

そうなるとオペラの楽譜は大量に売れるわけなんですね。

 

指揮者、オーケストラ全員分と、歌手全員はもちろんのこと音楽関係者達に売れるわけですからその市場は会社にとって非常に大きかったのだと思います。

 

現にカヴァレリア・ルスチカーナは3年間で約130箇所もの都市で上演されています。

単純計算すると毎週どこかの都市で上演されていたことになるのです。

すごいですよね。

 

ところで、オペラのコンクールというのは一体どうやってやっていたのかというのが気になるのですが、

 

どうも当時のオペラのコンクールのやり方はかなり自由だった様です。

 

大勢の楽団などを引き連れて審査員の前で演奏することもできれば、

メインの楽器だけ連れてきて披露するとか、いろいろだった様なんですね。

つまり応募者の自由で、主に経済状態によるわけです。

 

そんな中、貧乏なマスカーニ自分自身でピアノを弾いて、自分で歌ったといいます。

それでも審査員の目にとまって優勝したのですから、インパクトはすごかったのでしょう。

 

現代なら美談になりそうな話ですよね。

 

結果としてソンジョーニ社はカヴァレリア・ルスチカーナのおかげで営業成績がよくなったようで

マスカーニも一躍時の人となりました。

 

マスカーニはコンクールというチャンスをものにしたわけですよね。

ところがマスカーニのオペラで、後世まで上演されているのは、残念ながらほぼこのカヴァレリア・ルスチカーナ一作だけなのですよね。

 

 

 

ヴェリズモオペラの代表作品

 

カヴァレリア・ルスチカーナを見てから、ヴェリズモオペラと言う言葉を知る様になるわけなのですが、ヴェリズモというのは

ヴェリズモ・オペラ(verismo opera)は、1890年代から20世紀初頭にかけてのイタリア・オペラの新傾向である。同時代のヴェリズモ文学に影響を受け、内容的には市井の人々の日常生活、残酷な暴力などの描写を多用すること、音楽的には声楽技巧を廃した直接的な感情表現に重きを置き、重厚なオーケストレーションを駆使することをその特徴とする。

                    (ウィキペディアより)

 

ヴェリズモは真実主義とか現実主義と訳されます。

カヴァレリア・ルスチカーナは現代でもニュースや三面記事の事件になる様な愛憎劇と殺人の話で、

音楽的にもすぐれているので、ヴェリズモオペラの代表と言われる様になっているんですね。

 

このオペラには華やかさは全くなく、衣装も舞台も地味です。

 

主役のサントゥッツァもメゾソプラノで、

恋敵のローラもメゾソプラノ

が歌いますので、ソプラノが一人も出てこないことでも地味さがわかるところです。

 

通常のオペラには王子がいたり、王女がいたり、ヒーローがいたり

運命のいたずらに翻弄される人物や、愉快な人など、

 

何かしら共感できる登場人物がいるものなのですが、

このヴェリズモオペラにはそれがありません

 

ヴェリズモオペラには技術的に見ても、コロラトゥーラのような華やかな歌唱もなく、高音を披露する場面もありません。

 

主役のサントゥッツァは、捨てられても仕方がないと思うちょっとめんどくさいタイプの人物ではっきり言って男性は逃げたくなるだろうなと思いますし、

恋人のトゥリッドは未練たらしく前の彼女を追いかけているし、

その相手のローラも性格が悪いときてる、

またサントゥッツァが嘆きを訴えるトゥリッドの母親も、ちょっと冷たい人物です。

 

と言う、なんとも現実的な設定なのです。

共感できる良い人が出てこないんですよね、このオペラには。

だから事件の再現ドラマのような感じがするのだと思います。

 

これがヴェリズモオペラの特徴とも言えるのですが‥。

 

ではなぜそんなオペラがおもしろいのかというと

音楽も歌も情熱的で、訴えてくるものがとにかく強いんですね。

話が現実的なので余計にそう感じられるのだと思います。

舞台がシチリアなので、シチリアらしいということなのかもしれません。

 

時間が短い一幕もののオペラということもあり、

息もつかせぬうちに話が進み、クライマックスでトゥリッドは死んでしまうという、情熱のかたまりのようなオペラなのです。

 

 

カヴァレリア・ルスチカーナの見どころ

 

このオペラはとてもよくできたストーリーだと思います。

オペラの中には、音楽は良いけどストーリーはちょっとね‥

と言うものがちょくちょくありますが、

 

このオペラに関しては、短い一日の出来事を描いた作品ということもあって、

話の展開にも無理がありません。

そんなストーリー性も大きな魅力の一つです。

 

また、このオペラでもっとも有名なのは間奏曲です。

一幕ものなのですが、途中で間奏曲が入るんですね。

 

この間奏曲は前後の情熱を静かに見守るかのような、それはそれは美しく優しい旋律です。

 

まるで「どうしてこんなことが起きてしまったんだろうね」と悲しく静かに語るかのように聞こえてしまいます。

 

単独でもしばしば演奏されるので、この曲だけは聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。

 

そして歌で有名なのは、サントゥッツァが恋人の母親に事情を訴えるアリア「ママも知る通り」や

トゥリッドが決闘に行く前に歌う「母さん、あの酒は強いね」、

また、トゥリッドとサントゥッツァの言い争いの場面「お前はここにいたのか」の二重唱

 

などです。

 

個人的に好きなのは聖歌のシーンです。

教会から聞こえる聖歌に合わせてサントゥッツァも歌うのですが、

それがまた強烈というか、聖歌なのに熱いのです

 

この部分は長くないのですが、素晴らしい旋律にぜひ耳を傾けてほしいところです。

 

カヴァレリア・ルスチカーナはシチリアらしい熱いものを

全編で感じることができるオペラです。

 

マスカーニとプッチーニ

 

現代ではプッチーニの蝶々夫人は知っていても、マスカーニのカヴァレリア・ルスチカーナを知っている人はあまりいないでしょう。

この二人はイタリアの同年代の作曲家で、友人でライバルでもありました。

 

マスカーニがセンセーショナルに登場した時は、ヴェルディの次の大作曲家が登場したと言われたそうです。

 

ところが今日になってみると、ヴェルディの次をになっているといわれるのは、プッチーニの方でした。

 

プッチーニはトスカトゥーランドットラ・ボエームなど

数々の作品が現代まで受け継がれていますが、マスカーニの方はカヴァレリア・ルスチカーナだけしか残っていません。

 

マスカーニは最初のカヴァレリアで有名になったものの、あまりにその作品が素晴らしかったためか

その後の作品はパッとしないものでした。

 

現代においても一発屋の歌手がいますが、ちょうどそんな感じです。

 

一曲が大ヒットすると、歌手は生涯なんとか食べていける、といわれますけど

マスカーニもそういう意味では、オペラの一発屋だったかもしれません。

 

プッチーニの蝶々夫人の舞台は日本ですが、実はマスカーニの方が先に、日本を舞台にしたイリスというオペラを作っていました。

プッチーニはそれを真似した、と言われています。

それくらい二人は当時ライバルで同列だったのだと思います。

もっとも当時はそのほかにも多くの作曲家がいた時代ではありました。

レオンカヴァッロとかチレアなど。

 

実は、プッチーニも最初の作品を、マスカーニ同様、ソンジョーニ社のコンクールに出しています。

ところが、ソンジョーニ社はプッチーニを佳作にも入れませんでした。

 

そのプッチーニの才能をかって、その後育てていったのはのはリコルディ社の方です。

リコルディ社はソンジョーニ社が対抗していた会社ですが、みすみす未来の若い芽を敵に渡した形になるのです。

リコルディ社の方が先見の目があったのでしょうか。

ちなみに吸収合併されたりしているものの、両社は存続しているようですよ。

音楽の会社も長く続いているんですね。

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