ムソルグスキー作曲のオペラ「ボリス・ゴドゥノフ」は、
最も低い男性声であるバスが、主役のボリス皇帝を歌うオペラです。
ドン・ジョバンニやイーゴリ公など、バリトン歌手が主役を担うオペラは、
テノールほど多くないとはいえ、
あるのですが、バスが主役となると、ほとんどなくなります。
バス歌手の役割
バス歌手は、様々なオペラで、とても重要な役割を担っていることが多く、また、太く力強い声は、
たまらなく魅力的なものです。
バスとバリトンは、声質によっては、バスの人がバリトンの役をやったり、また逆のパターンもあります。
必ずしも声の高さだけではなく、役柄と声質っていうのは、合う合わないが、ありますね。
男性歌手の、大まかなイメージとしては、
- テノールは主役が多く、王子や、恋人役など比較的、良い役が多い。
- バリトンは、主役のテノールに対する敵の役まわりとなる場合が多いが、友人役もあり、役柄は、良い人と悪い人と、多岐に渡る。
- バスと言えば真っ先に浮かぶのは、王の役。威厳のある王様の役と言えばやはりバスでしょう。とはいえ、道化の役も意外にあり、ドン・ジョバンニのレポレッロや、ばらの騎士のオックス男爵なんかがそうです。
さて、バス歌手の王様役と言えば、
などが有名です。
威厳があり、深く人間味のある役は、やはりバス歌手が得意とする役どころだと思いますね。
また、悪役というのは、比較的バリトンが多いのですが、
グノーのファウストに出てくるメフィストフェレのような、悪魔級の悪役になると、バリトンよりバスが、不気味な怖さを際立たせますし
また、ヴェルディのリゴレットに出てくる、殺し屋のスパラフチーレのように、あまりしゃべらないけど凄みのある役は、バリトンよりバスなんだなと思います。
というわけで、今回は、バスが主役という珍しいオペラの中から、ボリス・ゴドゥノフという
ムソルグスキーのオペラで、ボリス皇帝役を得意としていた歌手たちについてです。
ボリス・ゴドゥノフ役の歌手たち
フョードル・シャリアピン
ボリス・ゴドゥノフはロシアの国民学派と呼ばれる、ロシアの民族主義が色濃く出ているオペラの代表のような作品です。
題材もロシアで、旋律もロシアならではの、武骨で力強い音楽。
ボリス・ゴドゥノフが有名になったのは、本人の手直しや、リムスキーコルサコフによるオーケストレーションのテコ入れ等、
様々な理由がありますが、
その一つに、ヒョードル・シャリアピンという、バス歌手の存在があることは、否めないと思います。
ヒョードル・シャリアピンは1873年、ロシア生まれのバス歌手です。
ボリス・ゴドゥノフのボリス皇帝をはじめ、
- イヴァン・スサーニン(グリンカ作曲)
- イーゴリ公(ボロディン)
など、ボリス・ゴドゥノフ同様の、ロシア国民主義のオペラの主役や、ロシア民謡を得意とし、
パリ・オペラ座や、ミラノスカラ座、アメリカのメトロポリタン歌劇場まで、世界中のオペラで活躍したバス歌手です。
なかでも、ボリス・ゴドゥノフについては、1908年のパリ・オペラ座での公演が大成功で、ボリス・ゴドゥノフというオペラを
有名にしたと言われているんですね。
幸い、シャリアピンという歌手の録音や映像は、現代でも聞くことできます。
たくましい体から出る、力強いけどまろやかな声も、魅力的ですが
シャリアピンの特徴は、なんといってもにじみ出る演技力でしょう。
立って歌っているだけでも、ちょっとしたしぐさ、目の動き、眉毛の動かし方、顔の向きや角度、
手の動き、など、すべてが演技、表現しているのです。
通常は、立って歌うと、直立不動で、発生の練習をしているように見える歌手が多いのですが
シャリアピンの場合は違います。
それはそれは演技の表情が多彩で豊か。
そのため、伝わってくるものが大きいのです。
こんな人も珍しいと思います。
パリ・オペラ座でボリス・ゴドゥノフを見た人々は、ボリス皇帝の苦悩や、劇的な表現に
さぞかし感動したのではないでしょうか。
ちょっと余談ですが、シャリアピンステーキという料理があります。
お肉のステーキに、みじん切りの玉ねぎがのった料理ですが、これはシャリアピンが、来日した際、
硬い肉が食べ辛かったため、当時の帝国ホテルのシェフが、作った料理だと言われています。
来日した時は、61歳でしたから歯がちょっと弱くなっていたんでしょうかね。
玉ねぎは、肉を柔らかくする作用があるようです。
シャリアピンステーキというメニューを見かけたら、ロシアのバス歌手、
ヒョードル・シャリアピンが食べたんだなと、思っちゃいますね。
ボリス・クリストフ
ボリス・クリストフというバス歌手は、シャリアピンより約40年後の生まれ
1914年、ブルガリア生まれのバス歌手です。
シャリアピンの後を継ぐような、堂々とした声と演技は、見る人を魅了し、
ブルガリア出身ですが、ボリス・ゴドゥノフのボリス役の他
イーゴリー公も当たり役としていました。
鋭い視線と、ちょっと強面の顔は、強い意志を持つ役に合っています。
ヴェルディのオペラ、ドン・カルロのフィリップ二世も当たり役でした。
その特徴は、ボリス・クリストフの声は低くなるほど、太く安定していて、独特のビブラートがかかる、魅力的な低音。
これほど低音になるほど、声が出る人も珍しいと思います。
やはり低い声がブーンと出るのを聞くと、素晴らしく、しびれるものを感じますね。
一方で、高めの音になると、比較的普通の印象なので、とにかく低い声が多い役が合っていたのか、と思います。
ボリス・クリストフについては、他の人とのトラブルもあったようで、
見た目の怖さのままの性格なのかなと、思います。
ミラノのスカラ座やロンドンのコヴェントガーデンなど、名だたるオペラハウスで活躍していましたが、
スカラ座の契約は終わったのは、トラブルもあったようです。
ニコライ・ギャウロフ
ニコライ・ギャウロフは、ボリス・クリストフより15年あとの、1929年の生まれ。
ボリス・クリストフと同じブルガリア出身です。
2004年に残念ながら亡くなってしまいましたが、記憶に新しい印象のバス歌手。
ソプラノのミレッラ・フレーニが妻(二度目の結婚)であったことでも有名で、
大物歌手同士の結婚でした。
味のある声と演技は、知的で人間性を感じます。
またニコライ・ギャウロフの特徴は、どんな役柄もこなせたことでしょう。
その理由の一つは、安定した音域の広さにあったと思います。
ニコライ・ギャウロフは、低音のみならず、高めの声も非常に安定した声質の歌手。
そのため、ボリス皇帝のような、いかにもバスがやる役、だけでなく、
ヴェルディの役の数々の他、モーツァルトのオペラも多く歌っています。
安定した幅広い音域と、丁寧な歌唱と演技、のたまものではないかと思います。
生で見たかった歌手の一人ですね。
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