スペインのオペラ
今回はエンリケ・グラナドスという人が作曲した「ゴイエスカス」というオペラについてです。
「ゴイエスカス」というちょっと変わった題名の意味は「ゴヤ風の」というような意味。
グラナドスはゴヤにとても傾倒していたみたいです。
かくいう私もゴヤの絵は幼いころ見てもインパクトが強くて一度見たら忘れられない画家になっていました。
まして同じスペインの人ならゴヤは特別の存在だったのかなと。
ちなみにグラナドスは1867年の生まれで、ゴヤは1746年なので時代は重なってないです。
グラナドスの生きた時代はオペラの世界では国民楽派といわれたころで、それぞれに国がその国らしさを強調するようなオペラが生まれてきていた時代だったと思います。
- ゴイエスカス作曲:エンリケ・グラナドス
- 初演:1916年
- 場所:メトロポリタン歌劇場(アメリカ)
グラナドスはオペラよりスペイン舞曲の方が有名かもしれないです。
いずれにしてもスペイン色が強い作曲家ですね。同年代の同じくスペインの作曲家でファリャっていう人がいるんですけどファリャ同様スペインだなあというのを感じる人です。
ファリャもグラナドスもパリに勉強に行っているのも同じです。
ただ、ファリャのオペラとこのゴイエスカスはちょっと違っていて、ゴイエスカスは変わっているオペラです。第三幕は別として、全体に動きがあまりなく(演出にもよるのでしょうが)合唱が多く不思議な感じがありました。
あとでゴヤの絵がもとになっていると知ってなんとなくそれでかと納得した感じはあったんですよね。
また、初演場所をみるとメトロポリタン歌劇場になっているのもちょっと意外でした。
実はグラナドスは初演はパリでと希望していたようなのですが、ちょうど時は第一次世界大戦がはじまったころ。
その影響でパリでの初演はできなかったのです。かわりに声がかかったのがメトロポリタン歌劇場だったわけです。
そういえばその時代かあと。
そしてそれがグラナドスの死に繋がってしまうんです…
初演に合わせてグラナドス夫妻はアメリカへ。当時はまだ飛行機は無いので船でいくわけです。
もともと船が嫌いだったグラナドスなのに、何とか船で渡米。ところが初演が終わって戻りの船が撃墜されてグラナドス夫婦は亡くなってしまったというなんとも悲しいことってしまったのです。
だから初演の年と亡くなった年は同じで1916年のこと。グラナドスが48才でした。すごくかわいそう。
あんなに船を嫌がっていたのに。亡くなった場所が英仏海峡となっているのも切ない…。
ゴヤの絵がもとになっている
さてそんな悲しいことがあったグラナドスのオペラ「ゴイエスカス」ですが、このオペラはもともとピアノ曲でした。
ピアニストでもあり、ゴヤが大好きだったグラナドスはゴヤの絵のイメージをピアノ曲にしました。のちにオペラも作ったっていう流れみたいです。
オペラが出来た経緯としては変わってますよね。
ピアノ曲は2部6曲の構成になっているので、それを聞くとゴヤのどの絵がどの曲になったのかな?と思ってしまうのですが、実際には「イメージ」ということらしく特定の絵はないのだそうです。
ただ、7曲目にプラスで作曲した「エル・ペレーレ」っていう曲だけはちゃんと絵があります。私は行ったことがありませんが、プラド美術館にあるみたいです。
エル・ペレーレっていうのはわら人形のことで、人間ほどありそうな大きめの人形です。
スペインにはこのわら人形を高く投げ上げる遊びがあるのだそうで、それがゴヤの絵にあるんですよね。
私なんかはわら人形と言うだけでちょっと怖い感じがするんですけど、絵を見る限り明るいしそういう感じでもないです。
4〜5人で布の端をもってわら人形を高くなんども投げ上げるただの遊びのようです。
これはグラナドスの6つの曲の後に追加で作られた曲なのですが、このシーンはオペラにもあって、オペラでは最初のシーンとして登場していますね。
ちなみにこの遊びは独身の別れの儀式ともいわれているそうで、男性に対して女性の力や権利を主張しているものとも言われるのだそう(それを聞くとやっぱり怖いかも‥笑)
さて「ゴイエスカス」はグラナドスのピアノ曲が先にできていますが、そのままオペラになったというわけでもないようです。ピアノの方は2部になっていて
- 第一部 愛の言葉
- 〃 窓辺の語らい
- 〃 カンティル ファンタンゴ(ろうそくの踊り)
- 〃 マヤとナイチンゲール
- 第二部 愛と死
- 〃 エピローグ
- エル・ペレーレ
- ゴヤ風セレナーデ
のような構成になっていて、結局8曲になっています。
オペラではエル・ペレーレが最初に入っていたりするので、そのままでもないようですが、全体としてはピアノ曲が元になっています。ファンタンゴとかマヤとナイチンゲールとか出てきますしね。
マハは名前ではなかった
さて、ゴヤの有名な絵で「着衣のマハ」「裸のマハ」っていうのを知っているでしょうか。同じ女性が一方は着衣、もう一方の絵では裸で横になっている絵です。
子供の頃みたゴヤの絵で強烈に残っているのは「我が子を食らうサトゥルヌス」「5月3日の銃殺」
それにこのマハの二つの絵でした。特に前の二つは強烈でしたね。
この中のマハっていうのはつい最近まで女性の名前だと思っちゃってました。
でもちがうんですよね、マハはスペインの一部の地域の民族衣装を着た、あるいはおしゃれで今風な若い女性の呼び方だったんですよね。
「マハ」は女性でそれに対する男性は「マホ」。いわゆる伊達男に伊達女っていう感じみたいです。
今頃わかったマハの意味。これもオペラのおかげです(笑)
ゴヤがマハを絵に描いたように、グラナドスはオペラ「ゴイエスカス」でこのマハやマホたちを描いているんですよね。
スペインのオペラ音楽は別名「サルスエラ」と呼ばれるのですが、台本はスペイン語、音楽もイタリアオペラやドイツオペラなどとはぜんぜん違うので、別の名前がつくのもわかる気がします。
ほんとオペラと名がついてもいろいろなんですよね。
ゴイエスカス3幕まであるけど時間は1時間程度でそこらへんも独特かな。
ピアノ曲に関わるオペラの構成としては
- 第一幕にエル・ペレーレ(わら人形)
- 〃 愛の言葉
- 第二幕にファンタンゴ(ろうそくの踊り)
- 第三幕にマハとナイチンゲール
- 〃 窓辺のかたらい
- 〃 愛と死
っていう感じかなと思いますが(合ってるかな)
オペラの方には途中若者同士の挑発や、フェルナンドとパキーロのいざこざなどが入り、また間奏曲も各幕間に入ってます。
ちゃんとピアノ曲を全部聞いたことがないのですが、できれば両方を聞くとおもしろいんじゃないかと思います。
簡単あらすじ
ではゴイエスカスの簡単あらすじを書いておきますね。
場所はマドリードの下町の広場。
主役は二組の若者たち。
第一幕では広場ではペレーレ遊びでわら人形を投げ上げてでいます。
マホと呼ばれる遊び人のパキーロが広場でマハたちに愛想を振りまいているところに
恋人のペーパがくるので、二人は愛の言葉を交わします。
そこへ立派な馬車に乗ったお金持ちのロザーリオが現れ、恋人のフェルナンドを探しに来たと。
伊達男のパキーロはロザーリオに近づき一緒に踊りに行きましょうと誘いますが、
それをみたフェルナンドがダメ!と退け、またペーパも自分を差し置いて他の女性を誘ったことに機嫌をわるくします。(当然ですよね笑)
結局もともとのカップル同士、つまりフェルナンドとロザーリオ、パキーロとペーパで踊りに行くことになります。
第二幕はランプがあるダンスホール。
第二幕ではペーパがロザーリオに対してあてこすりの言葉を放ち、またパキーロもフェルナンドを怒らせていまい、結局フェルナンドとパキーロは夜ロザーリオの家の裏の森で決着をつけようということになります。(決闘ですね)
この幕ではスペインらしいファンタンゴがあります。
第三幕は一番オペラっぽい幕。場所はロザーリオの家と後ろの森。
ロザーリオが「マハとナイチンゲールの歌」を歌うところにフェルナンドが来て二人の二重唱へ。
その後フェルナンドは決闘の場所へ行くと叫び声が聞こえ、フェルナンドは瀕死の重傷を負ってしまいます。
フェルナンドはロザーリオに別れを告げて死んでしまい、ロザーリオは泣き伏してしまうのでした。
血気盛んな若者たちの激しく悲しい物語です。
見どころ
このオペラを見て思うのは、よくあるイタリアオペラなどと全く違うということ、染まっていないという感じです。
国民楽派とはこういうことなんだなとも思いました。スペイン独自路線とでもいうのか。
こういうオペラもあるのねという新しい発見です。
まず音楽がスペイン一色であることもそうですが、特に前半はアリアらしいアリアもないのです。
主役が歌い始めたかなと思うとすぐに合唱全員が歌いだす感じ。これはとても独特。なんなら合唱ばかりと言うイメージすらあります。
ずーっとみんなで歌っている感じです。それが見どころと言えば見どころで聞きどころかな。
あと特に前半は立って歌っているだけで対して演技もないです。
これなら演奏会形式でもいいじゃない?って思ったのですが、あとからゴヤの絵画が元になっていると知って「あ、それでか」と思ったのでした。だから動かないのねと。
ストラヴィンスキーのオペラで「エディプス王」っていうのがあります。オペラオラトリオとも言われる作品で、こちらが活人画風オペラといわれるんですよね。
絵画のようなオペラでやはり動きがないのです。
ゴイエスカスを見たときに一瞬このエディプス王のことが浮かんだのですが、やっぱりちょっとそれとは違うしなあと。エディプス王の動かない感じとは明らかに違う‥。
特に2幕まではアリアらしいアリアもなくひたすら全員で歌い続けてる感じが否めず、音楽の間もあまりないので
どうかすると私はゴチャゴチャ感すら感じてしまいました。「そんなにみんなで歌いたいかい?」とまでは言わないけど、とにかく合唱合唱‥。
でも第三幕になると急にオペラっぽくなって、ナイチンゲールの歌はアリアだなあという感じ。聞きどころですね。
さらにフェルナンドが出てきての愛の二重唱になりますが個人的にはここが一番見どころでおすすめ。
会話のように交互に歌い、オーケストラもきれいに絡んでとても聞きどころだと思います。
全体的に情熱的な音楽でファンタンゴの踊りもあるし短いので、見ていて飽きないのは確か。
もともとがピアノ曲だからかピアノの音が目立つのも特徴的です。
また間奏曲が二回ありますが、1、2幕間の間奏曲は独立した感じがなく1幕の延長と言う感じ。
それに対して2、3幕の間の間奏曲は雰囲気がガラリと変わって静か。悲しい結末を暗示するかのような音楽でこちらは個人的にもとても好きなところです。
ちなみにファンタンゴというのはスペインのダンスや歌のこと。フラメンコはその中の代表です。
ファンタンゴがどんな踊りになるかはやはりゴイエスカスの楽しみなところかなと思いますね。
コメントを残す