後宮からの逃走は、モーツァルト作曲のオペラ。
レチタティーヴォではなく、セリフが入るジングシュピール形式のオペラです。
モーツァルトの中では、魔笛と同じ形式でドイツ語のオペラ。
ちょっとおとぎ話のようなオペラです。
初演
<後宮からの逃走>
- 作曲:モーツァルト
- 初演:1782年
- 場所:ブルク劇場(ウィーン)
後宮からの逃走はモーツァルトが26歳の時の作品です。
初演のブルク劇場というのは、現在はウィーンの市庁舎の向かいに建っていますが
かつては王宮に続くところに位置していた劇場でした。廊下でつながっていたんですね。
そして、フィガロの結婚も同じくブルク劇場で4年後に初演されています。
後宮からの逃走はモーツァルトの中では、比較的前期の作品で、ジングシュピールというセリフ入りの形式で書かれていることも、特徴的です。
モーツァルトのジングシュピールと言えば、魔笛が有名なのですが、
魔笛はモーツァルトが亡くなる頃の作曲、そして後宮からの逃走はモーツァルトの中では前期の作品です。
モーツァルトは2つのジングシュピール形式のオペラを書いているわけですが、
それ以外のほとんどは、レチタティーヴォが入るイタリア式のオペラなのです。
またこのオペラの主役のソプラノはコンスタンツェという名前で、この名前はモーツァルトの妻と同名です。
後宮からの逃走初演の時は、結婚の少し前だったので幸せな気持ちの表れだったのではないでしょうか。
トルコ風のオペラ
後宮からの逃走は舞台が現在のトルコです。
当時はオスマン帝国。
意地悪な家来の役で出てくるオスミンという役は、オスマンからきているのだと思います。
このオスミンは、このオペラで最も目立つ役柄かもしれません。
高い声が多い中でバスの低い声ですし、とにかく意地悪で憎らしい役どころなので、
このオペラの要の一人です。
さて、モーツァルトが作曲した曲の中でトルコ行進曲というのがありますが
こちらもトルコの名が付く曲で、後宮からの逃走と同じような時期に作曲されたのではないかと言われています。
そもそもなぜトルコなのかということですが、トルコの前身であるオスマン帝国
という国は、領土は変化していますが非常に長く続いている国です。
そして、モーツァルトがいたウィーンは、何度かオスマン帝国に包囲されています。
そんな関わりから、モーツァルトやウィーンの人々にとって、オスマンの人たちの情報や音楽が入ってきたということでしょう。
そして、オスマン帝国(現在のトルコ)が舞台になったり、異国的な音楽が取り入れられた、ということだったのだと思います。
昔から軍隊の音楽や歌というのは、どの国にもありました。
日本にもありましたよね。有名なところでは
- 月月火水木金金
- 同期の桜
とか。
攻めたり攻められたりする歴史の上で、最も敵に近づくのは軍隊ですから、
軍隊を通じて、他国に音楽が伝わっていったのかと思うと、なんとも複雑な気がします。
ただ、正直なところを言うと、現在のトルコの軍隊の曲を聞いて、モーツァルトのこの後宮からの逃走をきいても、なるほどトルコ風だなとは、あまり感じることができず‥。
やっぱりモーツァルトは綺麗な曲だわとそんな風に思ってしまいます。
ジングシュピール
モーツァルトの魔笛と後宮からの逃走という二つのオペラは、ジングシュピールというセリフ入りの形式です。
そのためか、後宮からの逃走と、魔笛はなんとなく似かよったものを感じます。
おとぎ話のようでストーリー自体もとても軽い感じです。
そもそもドイツオペラは民話とかおとぎ話を題材にしたオペラが比較的多いです。
イタリアオペラが神話や古い時代の王を題材にしているのとは少し違っているんですね。
後宮からの逃走をみても、意地悪なオスミンを睡眠薬で眠らせてしまうところや、
あと少しというところで、逃げ出せるところを見つかってしまうところなど、内容だけ見ると
おとぎ話のような感じがします。
歌わない太守(セリム)という役が出てくるのも、このオペラの変わったところです。
セリムとは、オスマン帝国の君主のことですね。
ただ、後宮が出てくるところは決して子供向けではないと思いますが‥。
後宮とは、別の言い方だとハーレム。
日本の江戸時代でいうところの、大奥みたいなものです。
一人の妻しか認められない、カトリック系の人たちから見ると、側室を持つことができる、他国の風土は、珍しかったということがあったのかもしれません。
同じくジングシュピール形式の魔笛が、珠玉の音楽が凝縮したオペラなので、それに比べると、
後宮からの逃走はちょっとだけ退屈な感じが否めないのですが、
高度なコロラトゥーラの技術も入っており、実はなかなか見応えもあるオペラだと思います。
セリア的な徳もあるけど
モーツァルトの時代はまだオペラセリアというイタリアのバロックオペラが盛んだったころでした。
オペラセリアの特徴として、王や皇帝の徳をたたえる内容が多いということがあります。
後宮からの逃走はトルコが舞台ではありますが、ストーリー的には好きな女性を助けに行くという、よくある物語です。
そして物語の最後は、トルコの太守(セリム)が寛大な措置をとるという徳を見せることになります。
セリムと父親が仇同士とわかるのですが、
憎しみに対して憎しみで返すことはしない
と恋人たちを逃すのです。
軽そうに見えるオペラですが、このように後宮からの逃走はオペラセリアの伝統も垣間見える、そんなオペラです。
当時オペラの世界は、「オペラはイタリア語でなければならない」という強い風潮があったのですが、後宮からの逃走はドイツ語で書かれています。
後宮からの逃走の初演場所であるかつてのブルク劇場は、ドイツ語のための劇場として建てられた、ドイツオペラの歴史的には実は意味の大きい場所だったので、
モーツァルトはこのオペラをドイツ語で書くことができたんですね。
というのもモーツァルトが作った多くのオペラは、当時の風潮に習うべくほとんどイタリア語で作られているんですね。
ところがブルク劇場のこの試みは残念ながら長く続かなかったので、その後ドイツ語のオペラはなりをひそめてしまいます。
その後モーツァルトがドイツ語でオペラを作るのは亡くなる直前、街の芝居劇場を経営するシカネーダの依頼でした。
それが魔笛なわけです。
ドイツ語のオペラを作るのは、この時期は実は大変なことだったんですね。
しかしながらモーツァルトが先駆となったおかげで、19世紀になると、ドイツ語のオペラがでてくるようになるんですよね。
そういう意味では後宮からの逃走というオペラはドイツオペラにとって実は重要なのだと、思うのです。
ストーリーを見ると、主な登場人物が少なくて6人だけ。そのうち太守は歌いませんので、
テノールとソプラノという高い声が主で、オスミンだけが低いバスという役どころです。
登場人物が少ないのでストーリーはとてもわかりやすいですね。
簡単あらすじと上演時間
後宮からの逃走簡単あらすじ
海賊にさらわれてトルコに連れて行かれたコンスタンツェと従者を助けるために
ベルモンテと従者は助けにトルコに向かいます。
そこには番人のオスミンがいて、なかなかうまくいきません。
そこで眠り薬を飲ませて、逃げようとしますが、あと少しのところで見つかってしまいます。
しかもベルモンテの父は、太守セリムの仇であることがわかり絶体絶命。
ところが、セリムは、寛大な処置をして、四人を逃してくれます。
後宮からの逃走上演時間
- 序曲:約5分
- 第一幕:約35分
- 第二幕:約65分
- 第三幕:約35分
正味二時間ちょっとというところですね。
2回の休憩を入れると、3時間程でしょう。
後宮からの逃走見どころ
見どころは、コロラトゥーラを駆使した、ソプラノの技術がまず見どころではないでしょうか。
また一人低音のオスミンは、このオペラの重要な役どころだと思います。
意地悪で、ちょっと気持ち悪いオスミンがいるので、話がおもしろくなっていると思います。
オスミンがどんな演技と歌を見せてくれるのかが見どころです。
また、トルコという舞台なので、どんな演出にするかも見どころの一つです。
簡素な演出にするかもしれませんが、何かしらトルコっぽい異国情緒を感じさせる物があるのではないでしょうか。
後宮からの逃走は、ヨーゼフ2世に、
「音符が多すぎるのではないか」と言われたモーツァルトが
「陛下、ちょうど良いだけの音符です」と答えたオペラでもあります。
音符が多いと感じたのはなぜなのか、そしてちょうどいいと答えたモーツァルトのことを思い、
果たして自分はどう感じるのかな、と思いながら見るのもおもしろいのではないでしょうか。
いずれにしても、明るく楽しく、美しい音楽の「後宮からの逃走」は、安心して見ることができるオペラではないでしょうか。
コメントを残す