アリア「私を泣かせてください」が非常に有名なのに、オペラとしてはそれほどでもないというオペラ「リナルド」について書いてみたいと思います。
作曲はヘンデルです。
この有名なアリアは実はもともとは別のオペラのために書かれたものです。
当時は転用が自由に行われていた時代。
今回はそんなオペラ「リナルド」についてです。
ヘンデルのイギリスでの出世作
バロックオペラの作曲家といえば現在必ず筆頭に上がってくるのがヘンデルじゃないかと思います。
ヘンデルのオペラは確かにいかにもバロックっぽいんですよね。
楽器が違うというのもあると思いますが。
リナルドはイタリア語のオペラなのですが、実はヘンデルってドイツ生まれの人なんですよね。
バロックオペラってイタリア語なのにドイツ人のヘンデルの作品が一番有名になっているっていうことなんです。
これって本家イタリアにとってはどうなんだろう?って思うのですが…。
バロックオペラの作曲家はイタリアにも山ほどいたのにヘンデルほど有名な作曲家って今となってはいないと思うし‥。
しかもこのリナルドは初演もイタリアでなくイギリスなんですよね。
つまり、リナルドってひとことで言うなら
ドイツ人のヘンデルがイタリア形式のバロックオペラを作ってイギリスで成功させた作品。
といえると思います。
ハンブルクのドイツオペラでも書いたのですが、ドイツってもともとドイツ語のオペラがあったんですよね。
その中心地だったのがハンブルクです。
ヘンデルももともとはハンブルクでドイツらしいオペラを作っていたんですが、その後イタリア形式のオペラを作るようになり、イギリスにわたって成功。
その後はずっとイギリスで過ごした人なんですよね。
リナルドの中の多くのアリアはそんなヘンデルが、ハンブルク時代に作ったアリアの転用で
有名な「私を泣かせてください」もその一つ。
「アルミーラ」というオペラの中の一節なのです。
なんと19歳の時に作っているんですよね。
あの名曲をヘンデルは19歳で作っていたってちょっと驚きじゃないですか!。
また、現在は同じ曲を複数のオペラに使うなんてありえないことだけど
当時はありありで、ロッシーニの時代の頃もまだそうだったのです。
ハンブルクのオペラ文化はその後廃れちゃうのですが、部分的に転用した結果イギリスで日の目を見て、今まで残っているというのは、現在の私たち側からしたらありがたいことだなとも思いますね。
もともとは叙事詩
リナルドって、原作はタッソという人が書いた叙事詩「エルサレムの解放」です。
叙事詩っていうのは歴史的な話や英雄伝などをありのままに詩の形式で伝えているものですね。
11世紀の十字軍とエルサレムの回復にまつわる一連のストーリーで、
リナルドというのはその中に出てくるキリスト教の最強の騎士。
実はこの中にある騎士と魔法使い、島に連れていく、好きになる
というくだりを見ると、なんだか聞いたことあるような話で、何かに似てるなあと思い…。
そうそうヘンデルの「アルチーナ」っていうオペラが似たような設定じゃなかったっけ?と。
実はヘンデルのアルチーナの原作というのは「狂えるオルランド」っていうこちらも叙事詩なんですけど
「エルサレムの解放」は多分にこの「狂えるオルランド」の影響を受けていたらしいのです。
似ている内容があるということですね。
なるほど、だからかあと思ったわけです。
両方ともルネッサンス期の作品ですけど、
「狂えるオルランド」は1516年なのでこちらの方が少し時代が古く、
「エルサレムの解放」は1581年のもの。
どうも「狂えるオルランド」はルネッサンス期にかなり有名な書物になっていたらしいんですよね。
そしてオペラの方はリナルドが1711年の初演で、アルチーナが1735年の初演なのでアルチーナが後なんですが。
どちらもヘンデルの作品です。
取り上げている部分が違うので二つのオペラのストーリーは違いますが、ヘンデルってルネッサンス期の叙事詩がお気に入りだった?と思ったものの
ジュリアス・シーザーとかセルセとか紀元前の題材のものも作ってるからそうでもないか‥。
それにしても当時イギリスでイタリア語のオペラをやっておもしろかったんだろうか?とこれは素朴な疑問。
当時は今みたいに便利な字幕も無いだろうし。
そのあとイギリスはオペラ不毛地帯になっちゃうし‥。
まあそれはさておき、数あるイタリアのバロックオペラを退けて今も残っているヘンデルのオペラの良さっていうのは、やっぱり音楽じゃないかと思うんですよね。
きれいなんですよね、いつ聴いても。そして長いけどそんなに飽きないです。
リナルドの特徴と見どころ
ヘンデルの頃のオペラに共通している特徴は私流に言えば
- やたら高い声が多い
- 女か男かわかりずらい
この二点。
まずカストラートやカウンターテナーが出てきて超高音で歌っていたオペラなので、全体に音域が皆高いのです。
加えて服装もバロックは男女ともにふわふわした白系が多くて、男性もスカートみたいな服を来ていたりするし
髪型もクルクルしたカツラをかぶっていたり、男性も長髪だったりするので、
うーむ、これは男?女?どっちだろう
と判別にしばし時間がかかるのです。
その上カストラートがいない現代では、英雄役をメゾやアルトが担当するのでさらにごちゃごちゃになるというわけです。
その点ヴェルディとかプッチーニのオペラはすぐにわかりますよね。
これってバロックオペラの特徴じゃないかと常々思ってます。
不思議な世界ですよねえ。
リナルドについてもそうで
- リナルド(男性役)・・本来はカストラートが歌っていたが、今は女性のアルト歌手やカウンターテナーが担当することが多い。
- ゴッフレート十字軍の司令官(男性役)・・アルトまたはカウンターテナー
- エウスターツィオ(男性役)・・アルトまたはカウンターテナー
- リナルドの恋人アルミレーナ(女性役)・・ソプラノ
- 女魔術師アルミーダ(女性役)・・ソプラノ
バロックの場合はっきりと歌手の音域の指定がなかったらしく、これはあくまで例なのですが
見てわかるように主要な役は全て声が女性音域なんですよね。
つまり高い声ばかり。
へたしたらほぼ女性歌手ばかりということもありうるわけです。
バスとかバリトンが主要な役をやるようになるのってもう少しあとのオペラブッファがもっと出てきてからなんですけど
バロック時代のオペラってほんとに低い声の存在感が薄い。
バス歌手が主役をやるなんてありえないっていう感じだったんでしょうね。
というかそういう時代だから男性音域の歌手はそんなに育っていなかったらしく、テノールすら今みたいにはいなかったとか。
なぜ当時はそれほど高い声が求められたのかはいつも不思議なんですよね。低い声も良いのに‥。
もう一つ、イギリスって昔からカウンターテナーの歴史が根付いていたので、
おそらくカストラートだけじゃなくカウンターテナーもオペラによく使ってたらしいのです。
現代の配役を見てもカウンターテナーと書かれている演目が多いのは
もともと初演の当時からカウンターテナーがよく出ていたんだろうなと、そんなところはイギリスならではの気がします。
そんなわけで、ヘンデルのオペラを見る時の見どころはカウンターテナーが出るので、その声を聞けること。
カウンターテナーが出るオペラってそもそも少ないのに、リナルドは二人以上出る可能性があります。
これって私なんかはワクワクもので、リナルドの見どころだと思います。
リナルド簡単あらすじ
リナルドって結構長いんですよね。
3幕あってそれぞれが約一時間程度あります。
あまり上演されないのはそのせいもあるかも。
19時から開始したら劇場の使用時間以内に終わらない可能性がありますよね。
では簡単あらすじを。
<リナルド簡単あらすじ>
時代は十字軍の頃。
十字軍の総司令官はゴッフレート。
そしてリナルドは十字軍の若き騎士で、ゴッフレートの娘のアルミレーナと相思相愛。
次の遠征がうまくいけば二人の結婚を認めてもらえることになり喜ぶ二人。
そこへ敵のイスラムの王アルガンテが休戦を求めてやってくるのですが、
実はアルガンテは恋人で妖術使いのアルミーダを使って十字軍を惑わす作戦なのです。
アルミーダは妖術でアルミレーナを連れ去ったため、リナルドは魔法の洞窟に救いに行きます。
連れてこられたアルミレーナをみたアルガンテはその美しさに言いよりますがその時に
私を放っておいて、と歌うのが有名なあの「私を泣かせてください」のアリア。
そこへリナルドがやってきて恋人を返せと。
ところが今度はアルミーダが凛々しいリナルドを見て敵なのに好きになってしまい、気を引こうとアルミレーナに変身して言いよる始末。
アルミレーナに変身している時に、それとは知らずアルガンテが言い寄ってきて、アルミーダなんか捨てるからとまで言ってしまいます。
怒ったアルミーダが元の姿に戻り不実をなじりますが、好きになったものはしょうがないと居直るアルガンテ。(まるで不倫のドタバタ笑)
一方ゴッフレートは魔法の棒を携えて二人を救いに洞窟へやってきます。
魔法は溶けて二人は救われ、アルガンテとアルミーダもお互い浮気心が出ただけねと仲直り。
最終的にはアルガンテとアルミーダはキリスト教に改宗して許され、アルミレーナとリナルドも結ばれてめでたしめでたし。
というあらすじです。
原作や他の作品でも度々出てくるのはアルミレーナよりも魔法使いのアルミーダの方で、アルミーダが敵のリナルドを好きになってしまうというのがこのお話のおもしろいところだと思います。
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