今回は「奥様女中」についてです。
奥様女中は元祖オペラブッファと言われるオペラで作曲はベルコレージという人。
このオペラは前半20分、後半20分というとても短いオペラで
時代も古く今から約300年近くも前に初演されたオペラなのですが、
オペラの中ではなかなか有名な作品です。
それはおもしろいからだけではなく、このオペラがブッファ(喜劇オペラ)の歴史において注目すべき作品の一つだからです。
幕間劇(インテルメッツォ)としてのオペラ
オペラはもともと、神話や伝記などの復活を目的として生まれました。
そのため、初期のオペラの題材はシリアスな題材がほとんどだったのですが、
幕の合間に、気を抜いて見ることができる気軽な短い演目を挟んで上演している時期がありました。
それが幕間劇(伊語:インテルメッツォ)と呼ばれる物です。
奥様女中は幕間劇の一つだったのです。
つまりおまけ的な存在だったんですね。
奥様女中の上演でメインだったのは「誇り高き囚人」というオペラだったのですが、
こちらは現在ではほとんど上演されなくなっています。
幕間に上演されたおまけの方だけがとても有名になってしまったんですね。
そしてオペラブッファ(喜劇オペラ)の元は奥様女中のような幕間劇だと言われているのです。
もっとも、ベルコレージという作曲家は、奥様女中の前年に「妹に恋した兄」というオペラを作っていて、
そちらは、時間が長いメインのオペラだったにもかかわらず、ブッファの色合いが強いです。
すでにブッファの前身となるような長いオペラもできていたとも言えるかもしれません。
いずれにしても、幕間劇だった奥様女中がブッファの原点と言われ、現代まで上演され続けているのは、
やはりその音楽が明るくて楽しく、のちのロッシーニを思わせるような生き生きとした音楽だからということがあるのではないでしょうか。
それにしても当時のベルコレージは若干23歳でした。
その若さで、300年後まで残る、このオペラを書いているんですよね。
主たるオペラと幕間劇の両方を作る
「奥様女中」は幕間劇なのですが、その時メインのオペラだった「誇り高き囚人」というオペラもベルコレージの作曲です。
ベルコレージはナポリで活躍した作曲家です。
当時のナポリのオペラがすべてそうだったのかどうかはわかりませんが、
ベルコレージについては、主たるオペラと幕間劇の両方を作っています。
- 1731年 メインのオペラ「サルスティア」、幕間劇「愛は盲目」
- 1732年 メインのオペラ「妹に恋した兄」、幕間劇は不明
- 1733年 メインのオペラ「誇り高き囚人」、幕間劇「奥様女中」
という具合に、メインのオペラと幕間劇の両方を、ベルコレージがセットで作曲してるんですね。
それを一夜で上演していたわけです。
これってなかなか大変なことじゃなかったのかと、思ってしまいます。
まじめなオペラと喜劇的なオペラの両方を作るのは、ロッシーニのような人なら難なくこなせそうですが
必ずしもそうでないような気がするからです。
ヴェルディをみてもブッファは一番最後のファルスタッフという作品ともう一つだけですから。
現にベルコレージについても、幕間劇の方が主に残っています。
おそらくそちらの方が作風にあっていたのかもしれません。
バリトンが活躍する幕間劇
奥様女中の上演で主たるオペラだった「誇り高き囚人」という方のオペラを見てみると
非常に高い声の役が多いことがわかります。
- ノルウェー王(男性役)→テノール
- その娘(女性役) →アルト
- ゴスの王(男性役)→アルト
- ノルウェーの王の娘(女性役)→ソプラノ
- デンマークのプリンス(男性役)→ソプラノカストラート
- 恋人役(男性役)→ソプラノ
6人のうち5人が女性または女性音域のカストラートなのです。
役としては男性4人なののですが、そのうち二人の男性役については女性が演じていますし、
もう一人はカストラートです。
純粋に男性の役を、男性の声で演じているのは、テノールたった一人だけということになるのです。
この時代のオペラは、女性が男性をやるし、男性でもカストラートのような高い声がいるしと
圧倒的に高い声が多いんですよね。
そして女性が男性をやり、男性が女性の声を出すから、この時代のオペラは、男性、女性、どっち?という具合に寸時にわからない不思議な世界なのです。
そしてバリトンやバスなど低い声はどこに行っちゃったの?というくらいいません。
そんな中、バリトンは幕間劇には必ずでてくるんですね。
奥様女中ではバリトン一人とソプラノ一人が歌うだけ。
幕間劇ではバリトンは重要な存在だったんですね。
そしてオペラブッファが盛んになるにつれ、バリトンが活躍するようになり、
その後バリトンはシリアスな役もやるようになるわけです。
ヴェルディの時代には、バリトンやバスはオペラには無くてはならない重要な存在になっていますよね。
それにしても古い時代は、なぜそんなに高い声が求められたんだろうかと、思ってしまいます。
どれだけ高い声が出せるかという極限を求めるところにおもしろさがあるのでしょうか。
どれだけ低い声が出せるか、というのはあまり話題になりませんしね。
個人的にはバリトンやバスの声って好きなのですが。
あらすじと見どころ
- 初演:1733年
- 場所:サンバルトロメオ劇場(ナポリ)
- 作曲:ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルコレージ
- 台本:ジェンナーロ・アントニオ・フェデリーコ
簡単あらすじ
第一部(約20分)
ウベルトはお金持ちでちょっと頑固な独身の老人。
最近女中のセルビーナの態度が大きい。
チョコレート(飲み物)を持ってくるよう言っても一向に持ってこないばかりか、
お昼に近いからもう飲んだことにしたら、と言う始末。
怒ったウベルトは結婚するから出て行けと、いうのですが、
セルビーナは本当は私が好きなくせにというので、ウベルトも誘惑なんかされないぞとなります。
第二部(約20分)
セルビーナはウベルトの気持ちを引くために、
下男を軍人に変装させて自分の婚約者としてウベルトに紹介します。
心穏やかでなくなったウベルトは、セルビーナの芝居にまんまと騙されて結婚することに。
セルビーナに騙されたことに気付くが、まあそれもいいかで終わる明るいあらすじです。
見どころ
お金持ちの老人が出てきたり、こざかしい召使や、軍人が出てくるところなどは、
「コンメディア・デッラルテ」という古くからあるイタリアの喜劇の影響が強く出ているオペラだと思います。
歌があるのは二人だけで、それ以外は台詞がない黙役なんですよね。
出てくる役柄もコンメディア・デッラルテによくある設定になっているのです。
このオペラを見てまず感じたのは、これが1700年代前半に作られた作品?という驚き。
それくらい、古さを全く感じさせない、生き生きした音楽なのです。
そしてこのオペラの見どころは、わかりやすいあらすじ、短くて見やすい、そして軽快さとうっとりする旋律の両方があるところ。
退屈で長いオペラよりも人気が出てしまったのは、頷ける気がします。
また、小賢しいけど魅力的な召使のセルビーナは、セビリアの理髪師のロジーナを思い出すキャラクター。
こんな楽しいオペラを18世紀前半の人たちも見て楽しんでいたんだなと思います。
そして、現代の私たちが300年前とほぼ同じものを今こうして見られるのは、
オペラの存在と、楽譜の存在、そしてそれらが受け継がれてきたことのありがたさだなあ、とふと思いました。
第一部の終わりの二人の掛け合い二重唱は軽快でテンポがよく明るいのですが、
第二部でセルビーナが歌う「セルビーナを忘れないで」はとても美しく哀愁と優雅さがある音楽です。
ベルコレージという人は26歳で病により亡くなってしまっています。
パリでの初演は亡くなって16年後のこと。その人気から、フランスの作曲家ラモーの作品が比較攻撃された
ブフォン論争にまで及んだのは有名な話です。
それだけベルコレージの作品が魅力的だったのでしょう。
そして、早く亡くなってしまったためか、偽作が多く生まれた作曲家でもあります。
これもオペラ史上では珍しいことだと思います。
最後に、ベルコレージは亡くなる前に、「スターバト・マーテル」という曲を作りました。
日本語では「悲しみの聖母」といわれ、イエスキリストの死を知った母マリアの悲しみの曲です。
とても心を打つ曲で、これを聞くだけでもベルコレージの素晴らしさがわかると思います。
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