スザンナの秘密(フェラーリ)隠れて煙草を吸う妻

ヴォルフ・フェラーリという作曲家がいます。

マドンナの宝石」という美しい曲で有名な作曲家で

この曲は私が大好きな曲です。

今回はヴォルフ・フェラーリが作曲したオペラ「スザンナの秘密」についてです。

 

一幕ものだけどヴェリズモじゃない

 

スザンナの秘密というオペラは、オペラの分類でいうと何になるのかなと考えると、ちょっと微妙だということに気がつきます。

ヴォルフ・フェラーリは1876年イタリアの生まれなので、

プッチーニ(1858年生まれ)やマスカーニ(1863年生まれ)の少し後。

そのためオペラの時代的には、ヴェリズモオペラが全盛期の時代と言えると思います。

この時代の一幕ものや時間が短いオペラといえば、

など、ヴェリズモオペラの代表作がたくさん浮かぶんですね。

ところがスザンナの秘密は、一幕もので短いオペラなのですが、内容的にはヴェリズモとは全く異なります。

ヴェリズモオペラは、殺人・暗い話・実話が多い中

スザンナの秘密は、明るくて楽しいオペラなのです。

隠れてタバコを吸っている妻と、タバコの臭いのせいで浮気相手がいると勘違いする夫の楽しい話。

では楽しいならオペラブッファかと言うと、ちょっと違う気がするのです。

オペラブッファと呼ばれるもので、こんなに短いのはあまり知らないからです。

オペラコミックかというと、フランスものではないし‥。

実はこのオペラは少し時代を遡ったインテルメッツォ(幕間劇)にちょっと似ているのです。

 

インテルメッツォ風

 

インテルメッツォと言うのはオペラブッファの元になったと言われている短いオペラです。

18世紀のイタリアで、まじめなオペラの合間に上演された気軽な短いオペラがインテルメッツォ(幕間劇)だったんですね。

インテルメッツォは、前半20分、後半20分の合計40分程度の短いオペラ

登場人物が少なくて、せいぜい3人とか4人。

その中には全く喋らない黙役がいたり、

お決まりのパターンがあって、ずる賢い女中がいたりお金持ちの老人がいたりと筋が読めるようなものが多かったのです。

スザンナの秘密は、その流れをくんでいるんですね。

と言うのも、このオペラも歌うのはジル伯爵と新妻のスザンナ二人だけ。

あとは黙役の召使が出てくるのみです。

インテルメッツォで有名なベルコレージの「奥様女中」というオペラをみると、

きっと似通った設定だなと感じると思います。

ベルコレージの音楽はかなり古さを感じさせない音楽なのですが、そのことも影響してか

この二つの作品が、約200年近くも時代が異なると言うのが不思議なくらいです。

そしてヴォルフ・フェラーリがこのような作品を作った背景には、彼がヴェネチアと関係の深い作曲家だということがあるのではないでしょうか。

 

ヴェネチアとゴルドーニ

 

ヴォルフ・フェラーリと言う人は、ヴェネチアで生まれています。

ヴェネチアを舞台にした作品や、ヴェネチアの方言を使ったオペラを書いていることから、

ヴォルフ・フェラーリといえばヴェネチア風ともいわれます。

そのヴェネチアにはかつてカルロ・ゴルドーニと言う喜劇作家もいました。

といっても二人の時代は重なっておらず、ゴルドーニは100年以上さかのぼり、18世紀のはじめに生まれています。

インテルメッツォ(幕間劇)がまだあった時代ですね。

18世紀に、インテルメッツォが人気になって以来、単独で上演されるようになります。

そして、次第にオペラブッファが確立されていくのですが、その陰にはゴルドーニの劇作家としての貢献があったのです。

と言うのも、

インテルメッツォには、イタリアに古くからあったコンメディア・デッラルテという仮面喜劇の影響が強かったのですが、

ゴルドーニの作品は、そこから脱皮して仮面を外し、パターン化人物像ではなく、人物描写を膨らませることで、ブッファの内容が発展したと言われるからです。

つまりゴルドーニのおかげで今のブッファのような、オペラらしい喜劇、言い換えれば品位を上げた作品ができていったわけです。

私なりの言い方をすれば、

吉本新喜劇をそのままオペラにするのではなく、上品な喜劇に持って行ったという感じじゃないかなと思っています。

吉本新喜劇って、仮面はつけていませんが、パターンは決まっていて(そこがおもしろいところでもあるのですが)、

あれをそのままオペラにしたらどうかと考えると、いややっぱり無理でしょう、となると思うのですよね。

そこをゴルドーニがオペラに合う作品を作って行ったということでしょう。

ヴォルフ・フェラーリはそんなゴルドーニと同郷なんですね。

彼は、ゴルドーニの作品を元にしたオペラをいくつか作っていることからも、彼にとても興味があったことがわかります。

フェラーリは、形式はインテルメッツォ風に短くて、内容は美しい一幕喜劇オペラを作ったということではないでしょうか。

トゥーランドットの幕間劇との違い

 

実はフェラーリのスザンナの秘密の少し後に、プッチーニトゥーランドットというオペラを書いています。

トゥーランドットには、ピンポンパンという3人が出てくる幕間劇のような部分があります。

トゥーランドットの原作は、カルロ・ゴッツィというイタリアの喜劇作家。

このカルロ・ゴッツィという人はゴルドーニと同時期の人で、やはり同じくヴェネチアで生まれた人でした。

そして、喜劇に新しい風を吹き込んだ、ゴルドーニを批判した旧勢力派の作家でもあります。

ゴルドーニはインメディア・デッラルテの様式を変えて行ったのですが、

ゴッツィは、元からあるコンメディア・デッラルテの作家でもあったんですね。

古いタイプの喜劇作品がゴッツィで、新しい形の喜劇作品がゴルドーニだったわけです。

 

そう思って見てみると、トゥーランドットの中のピンポンパンのシーンは、かなり古めかしい感じがしないでもありません。(ストーリーが違うので当たり前かもしれませんが。)

それに対して、スザンナの秘密の方は人間性と、そのやりとりがとても自然だなと思うのです。

スザンナの秘密は、ゴルドーニの作品ではありませんが、ゴルドーニの影響を強く受けているフェラーリのインテルメッツォ風オペラと

トゥーランドットの中のインテルメッツォを、比べて見てみるのもおもしろいのではないでしょうか。

 

見どころ

 

一言でいうと、バリトンの魅力が存分に味わえるオペラだと思います。

題名は妻のスザンナですが、夫のジル伯爵が目立つオペラです。

また全体に、軽快でかつ豊かで美しい音楽は、短い喜劇にはもったいないと思えるほど上質なオペラです。

シリアスなオペラか、と思うような音楽が諸所に出てくるので、短くても十分満足できます。

喜劇というより、一幕ものの上品な明るいオペラと言う感じですね。

フェラーリの音楽は、怒りは激しく、恋はうっとりで、どちらの旋律も素晴らしいのが見どころ。

音楽性、旋律の美しさを求めたと言われるフェラーリらしいオペラだと思います。

 

3分程度の序曲はかなり有名な曲。

マドンナの宝石のしっとりとしたイメージとは違って

ロッシーニの曲を楽器を多くして聞いているような感じがします。

軽快な曲なのでまず聞き所、見どころでしょう。

 

また、管弦楽の緩急、音の大小がとても効果的で歌とぴったり融合しているのも見どころ。

上級の喜劇とでもいうのかなと思います。

そして間奏曲は、マドンナの宝石に負けないほど美しくまるで映画音楽のようです。

二重唱もキラキラした甘美な曲。

バイオリンの高音と低音もぴったりマッチしています。

ジルが「僕はこの嫌な匂いを知っている」と歌う、ちょっと道化っぽいアリアは特におもしろいのですが、

後半はシリアスになって上質のかっこいいアリアです。

ジルが出て行ったと見せかけて二度戻ってくるシーンは、ドキドキしますね。

最後は序曲の音楽が再び流れてハッピーエンドです。

 

ヴェリズモオペラはほとんど書かなかったフェラーリですが、ヴェリズモオペラもあってるだろうなと思える

かなり重厚な音楽だと思います。

あまり上演されないオペラですが、ぜひ見てもらいたい作品の一つですね。

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