オペラは華やかな王宮の話だけではありません。
近代になるにつれ時代の背景も影響し、オペラの傾向も変わっていきます。
身近にある出来事や、実際に起きた事件・時には暴力といった
生々しいストーリーのオペラも生まれていきます。
イタリアにおける、そのようなオペラをヴェリズモオペラといい、代表作の一つは
マスカーニ作曲のカヴァレリア・ルスチカーナというオペラです。
ヴェリズモ文学
ヴェリズモ(verismo)はイタリア語で、訳すと真実主義と言われ、
ありのままを描写しようとするその時代の文学の思潮を指しています。
時には残忍な殺人もあるオペラですが、ストーリー性と心理描写が巧みなので、
引き込まれるオペラで魅力があります。
ヴェリズモオペラの代表作である
マスカーニのカヴァレリア・ルスカーナというオペラの原作になっているのは
ヴェリズモ文学なんですね。
カヴァレリア・ルスチカーナは、
ヴェリズモ文学の代表作家の一人、ベルガという小説家の作品で
このオペラは、ベルガの小説を演劇用にしたものが元になって作られました。
カヴァレリア・ルスチカーナはオペラの前に演劇で上演されていたというわけです。
もっとも劇を見たのがきっかけでオペラを作ったというのは比較的よくある話でもあります。
オペラの作曲家は音楽だけでなく、芝居や劇にも興味があってそれらが作曲のヒントになることがあるんでしょうね。
さて、このオペラの舞台はイタリアのシチリア島。
シチリア島といえば、血の気が多いイメージがあるのですが、
このオペラも二組の男女のもつれから決闘にまでなってしまう、血なまぐさいストーリーです。
ベルガという作家は「田舎の生活」というシチリアの出来事や事件を書いた短編集を書いているのですが、
カヴァレリア・ルスチカーナはその短編集の一つだったのです。
おそらく短編集の中でももっとも印象的な話だったので、演劇やオペラで取り上げられたのではないでしょうか。
さて、ベルガをはじめとするイタリアのヴェリズモ(真実主義)文学に大きな影響を及ぼしたのは
フランスの自然主義文学です。
歴史で習ったのを覚えている人もいるかもしれませんが、フランス革命後のフランスはそれまでの
美しさを追うロマン主義・古典主義から変わっていき、物事を美化するのではなく、
現実をありのままに自然に見るようになっていきました。
時代背景としては、貴族が衰退し資本家が力を持ちはじめる時代と言っていいでしょう。
絵画でも写実主義という言葉があります。
19世紀前半は、絵画の世界でもありのままを描写する風潮になっていましたが、
それは文学の世界にも及んでいったわけです。
そして、イタリアに波及するのはその少しあとで19世紀後半でした。
そのころヴェリズモ文学、そしてヴェリズモオペラが生まれていったんですね。
話がまたフランスに戻りますが、
自然主義文学の代表作家はエミール・ゾラで、代表作はルーゴン・マッカール叢書です。
ヴェリズモオペラを作ったマスカーニは、
このルーゴン・マッカール叢書に大きな影響を受けたと言われているのです。
ちなみにルーゴン・マッカール叢書は20からなる小説で、中でも有名なのは
居酒屋、ナナ など。
- 「居酒屋」は一生懸命働いて、やっと居酒屋を持ったのに、酒に溺れて没落していく話。
- 「ナナ」は高級娼婦のナナが貴族を次々破滅させていく話。
私も読みましたがかなり衝撃的な内容でした。
どちらもインパクトの強い作品で
イタリアのヴェリズモオペラは確かにこれらと同じ強いものを感じます。
ヴェリズモという分野のオペラを通して時代背景も感じられます。
あとで出てくるヴェリズモオペラ「外套」を作曲したプッチーニも、フランスのパリに行って観劇した戯曲から案をとって「外套」を作っています。
当時のパリにはグラン・ギニュールという大衆芝居劇場があり、事件や暴力などの劇の上演をしていたので、
おそらくそれを見に行ったのではないかと言われています。
いずれにしてもプッチーニにもフランスの影響はあったと思います。
ヴェリズモオペラ
ヴェリズモオペラの代表格はマスカーニのカヴァレリア・ルスチカーナですが、
このオペラが大成功すると、次々とヴェリズモオペラが作曲されました。
しかしながら現代まで残っている作品はそれほど多くなく、日本で上演されているのは
以下のような作品です。
カヴァレリア・ルスチカーナ
マスカーニ作曲のヴェリズモオペラの代表と言われるオペラです。
二組の男女の恋愛のもつれから男同士の決闘になり、主人公のルシッドが殺されてしまうという悲劇です。
耳を噛んで決闘の申し込みを受けるなど血の気の多いシチリア島の悲劇です。
このオペラに出てくる主人公のサントゥッツァもその他の登場人物も、はっきり言って決して共感できるようなタイプではなく、非常に地味なのですが
その辺りがヴェリズモオペラらしいと思います。
音楽は非常に美しいところが多々あり、見逃せないというかお勧めしたいヴェリズモオペラです。
道化師
レオン・カヴァッロ作曲のヴェリズモオペラで、こちらもヴェリズもオペラの代表作品です。
道化の芝居一座の話。
嫉妬深い座長のカニオは、若い妻が浮気をしていることを知って逆上します。
それを知ったのが芝居本番の直前だったので、
怒りを抑えきれないカニオは芝居の途中からおかしくなっていき、
ついには舞台の上で妻を刺し殺してしまいます。
何も知らない観客が、本気の殺意を、迫真の演技だと勘違いして拍手を送る中での殺人は
鬼気迫る、緊張感のあるヴェリズモオペラです。
アンドレア・シェニエ
ジョルダーノ作曲のヴェリズモオペラです。
このオペラをヴェリズモオペラと呼ぶのかどうかは賛否が分かれそうですが、
ジョルダーノがマスカーニと同じソンジョーニ社の所属であったことや、初演の時代が1890年代ということ、
内容的に劇的で死に至る悲劇的な内容であることからヴェリズモオペラに位置付けました。
内容的にはフランス革命下の悲劇なので、市井の事件というわけではないですし、
上二つのヴェリズモオペラに比べ4幕と長いこともあり、どちらかというとヴェルディのオペラに近いようなところもあります。
初めて見た時、ヴェルディのドン・カルロや仮面舞踏会と似通ったものを感じました。
貴族の娘と詩人の悲恋とフランス革命を絡めた悲劇。詩人が死刑を言い渡されたため
共に死ぬことを望んだ貴族の娘が女囚の身代わりになって一緒に死ぬというなんとも悲劇的なストーリーです。
外套
プッチーニの三部作の中の一つ。
1幕の短いオペラです。
妻の浮気に怒り、浮気相手を殺すという暗いストーリー。
演出にもよりますが、ラストのシーンが怖く、殺した浮気相手の姿を妻に見せ、屍体の顔に妻の顔を押し付けるというおぞましい幕切れです。
プッチーニはヴェリズモオペラの作曲家とは言われていませんが、このオペラについては本人もヴェリズモ風と言っているように、ヴェリズモオペラと言っていいと思います。
トスカ
トスカをヴェリズモオペラに入れるかどうかについても賛否があるかもしれませんが、
時代がヴェリズモ全盛期で、
歌手には技術的な歌唱より、表現力が求められること、
内容的にも(時代が古いとはいえ)事件性が高く、ヴェリズモオペラの影響は大きいと考え、トスカも入れました。
歌手と画家の悲劇です。
革命家をかくまった罪で捕らえられた、恋人の画家を助けようとしたトスカは、警視総監を殺してしまいますが
結局、恋人の画家は処刑されてしまい、トスカは絶望して自殺するという、悲劇的なストーリーです。
ヴェリズモオペラと言われるのはイタリアのオペラですが、ヴェリズモオペラの風潮は
フランスや周辺の地域でも起きていて、こちらはヴェリズモオペラとは呼びませんが、
マスネのナヴァラの娘や
ヤナーチェクのイエヌーファなども同様の部類に入るオペラと言えるでしょう。
ヤナーチェクはチェコの作曲家です。
ヴェリズモオペラは、オペラの中でも、まるで映画を見ているような緊迫するストーリです。
とても引き込まれるので、好きなオペラの分野です。
あっという間に終わってしまうのではないでしょうか。
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