ナヴァラの娘・マスネのヴェリズモと呼ばれるオペラ

今回はマスネのナヴァラの娘というオペラについてです。

このオペラは2幕までありますが1時間弱の短いオペラです。

私が見た時は道化師と二本立ての上演でした。

ナヴァラの娘はマスネのヴェリズモとよばれるオペラです。

 

マスネのヴェリズモオペラ

  • ナヴァラの娘作曲:ジュール・マスネ
  • 初演:1894年
  • 場所:コヴェント・ガーデン(ロンドン)

ヴェリズモオペラというと通常はイタリアオペラに対して言うのですが、

オペラは人気がでるとヨーロッパ各地で上演されますから自然とヴェリズモの波は広がっていったのだと思います。

それで、フランスにおいてもナヴァラの娘のような作品が生まれたのではないかと思います。

ヴェリズモオペラというとまっ先に浮かぶのはイタリアの作曲家マスカーニでその代表作はカヴァレリア・ルスチカーナ。

マスカーニがカヴァレリア・ルスチカーナという一幕もののオペラで大成功したのが1890年のことです。

その頃から当時人気だったロマン派オペラとは異なるヴェリズモと呼ばれるオペラがでてきました。

華やかさが無く市井の人の生き様を扱ったオペラです。

ナヴァラの娘は、カヴァレリア・ルスチカーナのヒットから4年後のことです。

オペラって時代が経つと作品と作曲家のみが残っていきますけど

当然のことながら当時はオペラの世界にも興行主っていうのがいるわけで、

興行主は時代に沿った作品で、聴衆に興味を持つ作品を作曲家に作ってもらおうとするはずですよね。

マスカーニがカヴァレリア・ルスチカーナで成功したなら似たような短くて人の心をえぐるようなヴェリズモをマスネに作ってもらおうとなったのだと思うのです。

マスネって全体的には叙情的でフランス的だなと感じる音楽なのですが、

残っているオペラの種類の幅が広いこともマスネの特徴だと思うんですよね。

ウェルテルのようなしっとりしたオペラから

今回のナヴァラの娘のような激しいオペラ

そしてサンドリオン(シンデレラ)のような童話のオペラまで

いろんな作風があるんですよね。

童話を基にしたサンドリオンを作ったのもフンパーディンクのヘンゼルとグレーテルの成功があったからじゃないかって思っています。

流行とか興行主の要望もあったと思いますが、それに答えて様々なオペラを作り、今まで多くの作品が残っているところはマスネのすごいところだと思うのです。

ただ、ヴェリズモとよぶには歴史的要素が強いオペラだなと感じます。

ナヴァラの娘は庶民の女性を扱ったとはいえ、スペインの内紛という歴史的背景が大きいと思うんですよね。

背景は王位継承・スペインの内乱

 

ナヴァラの娘の背景は19世紀のスペインの内乱です。

カルリスタ戦争とよばれる3度の内紛の中の第三次カルリスタ戦争というものが背景にあるのです。

カルリスタというのはカルロスを支持する一派のことです。

内紛が勃発したのはフランスとの国境バスク地方で、ナヴァラはその中にある地名です。

 

オペラの中ではアニタお金欲しさ政府軍に反抗する暴徒の大将を殺しに行く

と言う構図に見えるのですが、暴徒に見えるカルロス派も、実は王位継承権を訴えている一派なんですよね。

19世紀のスペインは、ナポレオンがスペインまで統治していた時代。

つまり激動の時代です。

スペインといえばブルボン朝。

王位継承の問題は、元はといえばブルボン朝フェルナンド7世が王位を継いだあと

自分に息子がいなかったので無理やり女性のイザベルに王位を継承させたことから始まります。

本来王位継承権は自分だと訴えるのはフェルナンド7世の弟のカルロス派。

二者は対立するようになったんですよね。

オペラで出てくるカルロス派というのがこのの一派なわけです。

 

カルリスタ戦争は計3回ありますが、このオペラはその最後の頃が舞台になっていて、カルロス派が劣勢になっているけどいつまでも抵抗するので、政府軍が苦々しく思っているという構図なのです。

こういう歴史的背景があるってなんかおもしろいと思いませんか?

ちなみにナヴァラがあったバスク地方は、ちょうど現在のフランスとスペインの国境あたりで、一部はフランス・一部はスペインになった地域です。

古い時代から自治権を持っていた地域でもあり、つい最近までスペインの中で課税方法を自治体独自で決められたんですよね。

言葉もバスク地方の言葉が今でもあるなど、スペインの中でも自立意識が高くちょっと独特っていうイメージがあります。

そんな歴史的背景のなか、ナヴァラの娘は悲しい運命をたどるんですよね。

さて、そんなナヴァラの娘の原作はジュール・クラルティエという作家の作品なのですが

原作とは違って実は男女が入れ替わっているのです。

 

原作は逆・殺しに行ったのはアラキルだった

 

ナヴァラの娘では主人公のアニタが、義父に家柄に合わないから結婚したいなら持参金をもってこいと言われて殺人をしてしまうのですが、

最初に見たときに若干不思議に思ったんですよね。

なぜ女性が持参金2センドゥロスを持っていかなければいけないんだろう、当時はそういうしきたりだったんだろうか?と。

どうも原作ではアニタとアラキルは逆だったみたいなんですよね。

男性のアラキルは貧しい農民の出で、女性のアニタの方は裕福な家庭。

二人は愛し合っているけど、アニタの両親はアラキルの貧しさが心配。

お金欲しさに仕事をしたのはアニタではなくアラキルの方で、報酬を要求されたガリード(ガリードはオペラにも登場)は疎ましさでアラキルを殺そうとします。

一方アニタは直前に両親から結婚を許されるのですが、アラキルは殺されてしまい絶望‥。

とこんな感じなのです。

オペラってあれ?とちょっと不思議に思うと原作とちょっと違うなど、なるほどねと思う理由があったりするんですよね。

でもナヴァラの娘のように、女性の方がお金欲しさに殺人をするというのは、よりショッキングなので、確かにこちらの方がインパクトはあるかもと思いました。

ちなみにこのナヴァラの娘の主人公アニタはもともとエマ・カルヴェというソプラノが歌うことを想定して作られたオペラだったらしいんですよね。

エマ・カルヴェは1858年フランスの生まれで、当時ヨーロッパはもとより世界中で活躍していた歌手でした。

もしかしたら日本にも来ていたんじゃないかと思いますが、それについてははっきりわかりません。

現在アニタ役はソプラノまたはメゾが歌いますが、おそらくエマ・カルヴェにあった音域だったのでしょう。

ちなみにマスネはの次のオペラ「サッフォ」の初演でもエマ・カルヴェが出ています

エマ・カルヴェはビゼーのカルメン役としても有名になった人なので、低音も出るソプラノだったのは間違いないと思います。(カルメンもメゾがやったりソプラノがやったりするんですよね)

もう一つナヴァラの娘の初演はイギリスのコヴェント・ガーデンです

初演は何語でやったんだろうというのも気になるところです。

当時コヴェント・ガーデンを仕切っていたのはロイヤル・イタリアン・オペラかそれともイタリア色はさすがに薄くなった頃かなと思うのですが、

コヴェント・ガーデンというところはずっとイタリア色がとても強い劇場だったんですよね。

19世紀終わり頃までドイツ物もフランス物もすべてイタリア語で上演していたのです。

そんなこの劇場でナヴァラの娘の初演は何語だったんだろう?という興味も‥。

オペラは何語?

それにしても初演が1894年でアメリカでは早くも1895年にナヴァラの娘が上演されていますが、

日本では2018年が初演で、つまり日本初演はつい最近のことなのですから、まだまだ上演されていないオペラがたくさんあるんだなと思いますね。

2018年ナヴァラの娘・東京文化会館レビュー

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