ヴェルディとアイーダ・野外公演が合うオペラ

アイーダといえばサッカーの応援曲を思い出す人も多いかもしれません。

アイーダはヴェルディのオペラの中で比較的ポピュラーな演目の一つですが、

日本で一気に知名度が上がったのは、サッカーの応援曲になってからだと思います。

 

アイーダの成立

  • 作曲者:ジュゼッペ・ヴェルディ
  • 原語:イタリア語
  • 初演:1871年 カイロのオペラハウスにて

 

ヴェルディのオペラアイーダは、舞台が古代エジプトという他のオペラにはあまりない設定になっています。

 

なぜそのような設定になっているかというと、

 

その成立はヴェルディが当時のオスマン帝国のエジプト総督から、

エジプトを題材にしたオペラの創作を頼まれたからなんですね。

 

当初ヴェルディは断ったのですがカイロの総督としては

何としてもヨーロッパの大作曲家に、オペラを書いてもらいたいという希望があったようです。

カイロの総督は

「我が国はヨーロッパの一部!」

とも言っていたようで(確かにエジプトはアフリカの中では、ヨーロッパに近いです)、

もしヴェルディがダメならワーグナーかグノーでもいいと言ったのを聞いて

ヴェルディは作ることにしたとか。

 

[イタリアのヴェルディ]と[ドイツのワーグナー]は、作風は全く異なるのですが

ほぼ同時代の大作曲家なので、お互い意識していたということなのでしょうね。

 

ただ、グノーが同列だったのがちょっと意外でした。

というのも、グノーはアベマリアが非常に有名ですが、オペラは、現代上演されるのはファウストくらいなんですね。

これは当時の感覚と現代とでは違うからで、現代では(特に日本では)グノーの作品はあまり上演されませんが、当時は二人と同程度の知名度があった証だと思います。

確かにグノーのオペラを見るとさすが19世紀のフランスの作曲家だけあって

グランドオペラらしい展開と華やかさがあるオペラなのです。

今思うと、エジプトのセレモニーにぴったりかも。

確かにグノーっていう選択もありだったよねーと思っちゃいます。

 

さてオペラアイーダの初演カイロのオペラハウスで行われ大成功しました。

それがアイーダの成立までです。

 

そして、翌年にはヴェルディの自国であるイタリアのミラノスカラ座でも公演して大成功しています。

スカラ座でアイーダを歌ったのはテレーサ・シュトルツというソプラノ歌手です。

 

余談ですが、ヴェイルディは生涯で2度結婚しています。

1度目の妻は病死しており、2度目の妻は当時人気のあったソプラノ歌手のジュゼッピーナ・ストレッポーニ

 

そしてヴェルディが50代の後半になる頃から、このシュトルツという女性が現れて

愛人だったと言われているんですね。

 

それでスカラ座のアイーダ役に選ばれたのではないかと言われています。

ストレッポーニもヴェルディもかなり長生きしますが、亡くなるまでシュトルツも含めた不思議な三角関係が続いていくのです。

いつの時代もどの世界も、男女の関係はいろいろありますよね。

 

それはさておき、4幕で7場もあり、舞台はエジプトの王宮という異国情緒溢れるオペラで、

バレエも入るこのゴージャスなオペラは、世界中で愛されている演目です。

 

オペラアイーダの魅力

曲の聴きどころ

ヴェルディのアイーダの魅力というと、もっとも有名な聴きどころは、第二幕の凱旋の歌でしょう。

サッカーの応援曲になったのはこの部分ですね。

応援歌というと勇壮な曲をイメージしてしまいがちなのですが、

この凱旋曲は覚えやすい旋律ですが徐々にクレッシェンドするわけでもなく、音程が上がっていって高揚するわけでもなく、

凱旋曲にしては落ち着いた曲だと思います。

サッカーの応援歌になった時は、おとなしい曲を選ぶんだなと、思ったものでしたが‥。

 

とはいえ、アイーダの二幕は凱旋曲に続きバレエも入ってるので、もっとも見応えがあるのでそれも魅力です。

 

アリアとしては第一幕で恋人ラダメスが歌うアリア「清きアイーダ」が有名です。

この曲についてはロベルタ・アラーニャがラダメスのこのアリアを歌ってスカラ座でブーイングを受けて

途中で舞台からいなくなってしまった事件があり、いっとき世間を騒がせました。

それくらいイタリアオペラのアリアに対するスカラ座の人たちの目は厳しいのでしょう。

 

アイーダのアリアとしては父の無事と、父の敵国にいる恋人(ラダメス)の無事を複雑な心境で歌う

一幕の「勝ちて帰れ」でしょう。

 

それに三幕の地下牢で二人が死ぬ前に歌うアリア「さらばこの世よ」などは聴きどころだと思います。

 

最大の見せ場としてはやはり、凱旋曲とバレエがある二幕が魅力的ですね。

 

ヴェルディのオペラは悲劇が多いのですが、アイーダもその一つで、

ラダメスはアイーダを救うために自ら捕まり、

アイーダも逃げずに共に死ぬことを願い、二人で死を迎えるという悲劇のストーリーです。

 

ただ、アイーダは、若干話が急に展開しすぎる感があるのも否めないところです。

アイーダの原作はその時代のエジプトの非常に著名な考古学者が考えています。

 

原作者が権威のある人物だったため、他者は修正を加えずらかったのではないかと

いうのも納得できる話の展開です。

とはいえ、舞台が華麗で音楽も劇的に進むので、飽きさせないオペラです。

そして合唱に良い曲が多いオペラなので、合唱をお聴き逃しなくというところですね。

 

ヴェローナの野外オペラ

 

アイーダを語る時に欠かせないのはヴェローナの野外音楽祭です。

このアレーナ・ディ・ヴェローナというのは古代の円形闘技場で、ここで夏に音楽祭を開催しているのです。

アレーナ・ディ・ヴェローナというところは古代ローマ時代に

人と人や人と猛獣を戦わせていた闘技場なんですね。

そこが今ではオペラの劇場になるのですから、不思議なものです。

 

 

この場所で、1913年にアイーダをヴェルディの生誕100年を記念して上演したのがきっかけで、

アイーダというとヴェローナの野外オペラ

野外オペラというとアイーダ

というイメージが出来上がったと言っていいと思います。

 

もっとも、それより少し前にもエジプトのピラミッドの麓でもアイーダを上演したようですけど‥。

 

いずれにしてもアイーダはスペクタクルでゴージャスな舞台が可能なので、野外オペラに向いているんですね。

 

特に映画監督でもあるゼフィレッリという演出家のアイーダは、絢爛豪華な舞台演出で有名です。

ある夏の音楽祭では本物の象まで登場させたことがあるくらいです。

どうやって象が舞台袖で控えていたのかと思うと、おもしろいですよね。

 

また、ヴェローナの野外上演の際は16000人程度が入ると言われますが、そんな中でもマイクなしで歌うのですから

すごいものです。

 

ヴェローナは野外でもかなり音響がいいらしいのですが、果たして端の方はどれだけ聴こえているのでしょう。

ちょっとした野外のイベント的な感じなのだと思います。

余談ですが、豪華な舞台で有名な演出家ゼフィレッリは、ヴィスコンティという映画監督の弟子だった人です。

ヴィスコンティといえば、マーラーを描いたヴェニスに死すや、郵便配達は二度ベルを鳴らすで有名な監督なのですが、

ヴェニスに死すで流れるマーラーの5番のアダージェットが世界中で有名になったのはこの映画からでした。

 

ゼフィレッリは音楽にもこだわりのあったヴィスコンティの技術を受け継いでいるのかもしれません。

 

また、ゼフィレッリは1968年の映画ロミオとジュリエットを作った監督でもあります。

当時まだ10代だったオリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングを起用した映画なのですが、

結果はものすごいヒット映画となりましたよね。

 

記憶にある方も多いのではないでしょうか。

 

日本でのアイーダ上演

 

日本でもアイーダはポピュラーなオペラの一つですが、

日本でも何度か野外公演が開催されています。

 

1989年の東京ドームの落成記念の際も上演されました。

 

東京ドームの時はヴェローナ音楽祭の引っ越し公演で、テレビ局の後援もあり、テレビ放送もあったので

かなり大々的に宣伝されていたのを覚えています。

バブル期でもありましたし、オペラは特に興味があるわけではないけど行ってみた、という人もかなりいたようですね。

 

また野外ではありませんが、新国立劇場の開場記念の時もアイーダをやっています。

 

アイーダは舞台が豪華なので、落成式や、記念式典などに使われるオペラといってもいいかもしれません。

 

最後に、

アイーダの初演の場所だったカイロのオペラハウスは一度1971年に火災で無くなっていますが、

日本の無償援助により再開しており

そんなあまり知られていないつながりも、実はあったりするんですね。

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