今回は、リヒャルト・シュトラウス作曲のオペラ「エレクトラ」についてです。
エレクトラは、一言でいうと、見終わった後にハアーっと疲れるオペラではないかと思います。
休憩がない一幕ものなのですが、時間はそれなりに長く内容も暗いので、見るほうも大変、
一方歌う方、特にタイトルロールのエレクトラはさらに大変な役だと思います。
また、日本人による上演は、今後もなかなか、できないのではないかと、思うオペラです。
ギリシャ神話
オペラはもともとの発祥が、ギリシャ神話を伝えるという試みの元に生まれているため
ギリシャ神話を題材にしたオペラが数多くあるのですが、
エレクトラも、ギリシャ神話が題材になっているオペラの一つです。
ギリシャ神話のアガメムノンは、妻とその愛人に殺害されたため
アガメムノンの子供達が復讐するという、というなんとも重いテーマ。
特にエレクトラが発する言葉と歌・音楽は決して耳に心地よいという類のものではなく、
楽しい部分は全くないのがこのオペラです。
オペラは声を張り上げて、歌うものという漠然としたイメージを持っている人がいると思います。
オペラはそういうものではない、と言いたいところなのですが、
このオペラ・エレクトラについては、その言葉がちょっと合っているかもしれません。
このオペラだけ見ていると、エレクトラの父親(アガメムノン)を、愛人と共に殺した母(クリテムネストラ)は、極悪人に見えますが、
元はと言えば、アガメムノンは、娘イピゲネイア(クリテムネストラの娘で、エレクトラの姉)を生贄にして殺しているので、
クリテムネストラはそれを許せない、という背景があります。
このイピゲネイアの悲劇を読むと、クリテムネストラの怒りもわかるのです。
反面、エレクトラがそんな父を憎まずに、母をひたすら憎むのも、不思議な気がしてしまいます。
現代で考えるなら、父が姉を殺し、怒った母が父を殺し、それに怒った弟(エレクトラの弟)が母を殺す、という
悲劇という言葉だけではあらわせない、凄惨な事件なわけです。
ギリシャ神話って、結構怖いと思ってしまうのは私だけでしょうか。
台本
エレクトラの台本は、ホーフマンスタールという作家です。
イタリアの作曲家プッチーニの成功の裏にイッリカとジャコーザの台本があったように、
リヒャルト・シュトラウスの成功の裏にも、ホーフマンスタールという作家の存在があったようです。
というのも、リヒャルト・シュトラウスは、このエレクトラから、ホーフマンスタールと組んで多くのオペラを作って成功しているからです。
リヒャルト・シュトラウスのオペラの中で、もっとも有名な
「バラの騎士」をはじめ、その他にも
- ナクソス島のアリアドネ
- 影のない女
- アラベラ
など、多くのオペラがこのホーフマンスタールの手にかかっています。
ただ、少し、不思議なのは、エレクトラと、その次の作品である、ばらの騎士は、全く趣の異なるオペラであることです。
エレクトラが憎しみのオペラだとすると、ばらの騎士は、美しさの代表のようなオペラ。
この2つのオペラを、同じコンビが生み出したのは不思議というか、
いきなり路線変更できるものなんだなという印象です。
ただ、エレクトラにも時々びっくりするような美しい旋律があります。
上演時間とあらすじ
初演と上演時間
- エレクトラ作曲:リヒャルト・シュトラウス
- エレクトラ初演:1909年
- 場所:ドレスデン宮廷歌劇場
- 上演時間:1幕約100分
1幕もので約100分なので、開演に遅れないようにしたいオペラです。
あらすじ
アガメムノンは、妻のクリテムネストラとその愛人エギストによって殺されたため
アガメムノンとクリテムネストラの娘エレクトラは復讐を願っている。
そんな姉を見て、もう一人の娘クリソテミスは、復讐は思いとどまるようにと言います。
クリソテミスは、普通に結婚して子供を育てたいからなのです。
一方母のクリテムネストラは、毎夜罪の意識で、うなされている状態。行方がわからないもう一人の息子オレストに殺されるのではないかと恐れている。
そこにオレストの死の知らせ。喜ぶクリテムネストラ。
ところが、その知らせは嘘で、変装したオレストが戻ってきて復讐を遂げる。エレクトラは狂喜して踊り狂って倒れる、というあらすじ。
見どころ
まず、管弦楽が非常に多いため、音が大きいところが見どころで聞きどころでしょう。
ワーグナーも管弦楽が多いので有名ですが、リヒャルト・シュトラウスのオペラも同様に多いです。
バロックオペラとは比べ物にならない、重厚で大音量。
もしオーケストラピットが見える席であれば、楽器の多さを数えてみるのも面白く、見どころでしょう。
このオペラもワーグナーのタンホイザーと同様、初めて見た時と二回目に見た時の印象が変わったオペラです。
最初は、聞き辛い音楽、よくわからない不協和音、強面で声を張り上げ続けるエレクトラなど、
何がおもしろいのだろうと思ったオペラでした。
ところが、バラの騎士を何度も見てから改めて、見ると、
ところどころ、これは!と思う美しい旋律が隠れていたことに気がつくのです。
例えば、母のクリテムネストラが登場するシーン、
苦痛を和らげたい、と辛そうに歌う背後で流れる旋律は、バラの騎士を思わせる美しいもので聴きどころ、見どころです。
途中からおどろおどろしくなっていくのですが‥。
またワルキューレかと思うような旋律もあり、ワーグナーの影響を感じるのもおもしろいと思います。
また、このオペラの何が怖いかというと、音楽もさることながら、
エレクトラが発する呪いのような言葉。
ただこれは、原作のソフォクレスのギリシャ悲劇の言葉を、引用している部分もあると思いますから、そこは、見方をちょっと変えた方がいいかもしれません。
歌手
エレクトラ役は、ずーっと歌わなければいけませんし、管弦楽の音は大きいし、
怨念の塊のような役なので、歌手はドラマティックな声が求められます。
エレクトラを歌う歌手は、ワーグナーを歌うような歌手でしょう。
休憩後に本調子になる歌手の人も多いのに、
一幕もので、長丁場で、しかもドラマティックな声を、いきなり出さなければいけないのは、本当に至難の役ではないかと思います。
そのため、華奢な日本人では、なかなか難しいのではないかと思ってしまいます。
- エレクトラ役がエヴァ・マルトン
- クリテムネストラがレオニー・リザネク
の映像をかつて見ましたが、二人ともワーグナーを得意としている歌手でした。
エヴァ・マルトンが鬼気迫る歌で怖いものを感じたことと、
エヴァ・マルトンを最初に見たのがエレクトラだったため、すっかり彼女については、怖い印象になっていました。
ところが、その後エヴァ・マルトンが、ローエングリンの、弱々しい王女エルザを演じたので、え?思ったのを覚えています。
ところが、エルザもよかったんですよね。ツーっと流れる涙が、儚いものを感じさせて、こういう役もできるんだと、思ったものです。
それにしても、リヒャルト・シュトラウスは、なぜこの、憎しみだけのような、題材をオペラにしたのか、
凄惨なオペラを作りたいという、過激な衝動があったのでしょうか。
コメントを残す