ヴェルディ作曲のオペラ「シチリア島の夕べの祈り」についてです。
題は「シチリアの晩鐘」「シチリアの晩祷」ともいいます。(晩祷は夕方の祈り)
このオペラの最終幕では、夕方の鐘の音が合図となってシチリア人の暴動がおきるのですが
これは実際に13世紀にシチリアで起きた暴動をもとにしたオペラです。
そしてヴェルディが作曲した最初のグランドオペラでもあります。
アリア・友よありがとう
このオペラを最初に観たのは映像だったのですが、実はあまり印象がないオペラで、だらだらと見ていたという感じでした。
ところが最後の方に出てきたアリアがとても良くてあれ?と思ったのを覚えています。
それは第5幕でエレナ公女が歌う
「ありがとう、最愛の友よ」で始まるアリア。
婚礼の席でエレナが歌うアリアで、その後惨事が起きるのですが、これがちょっとエキゾチックでとても魅力的なアリアだったんですね。
専門家的にいうとボレロ風の曲らしいのですが、言われてみれば確かにそんな感じです。
初めて聞いたこのアリアを一瞬で気に入ってしまい、この部分だけを繰り返して何回も聞いちゃいましたね。
その結果、たった一曲のアリアで、オペラ「シチリア島の夕べの祈り」は、私の中では見たいオペラ、好きなオペラの一つになってしまいました。
オペラの魅力はアリアだけではないのですが、やはりアリアの魅力も大きいねという、代表のオペラです(私の中では)。
生の舞台でこのアリアを聞いてみたいという想いはずっとありますね。
でも「シチリア島の夕べの祈り」は、
- ヴェルディのオペラの中ではそれほど有名ではないこと
- グランドオペラのため5幕まであり、時間も長いこと
そんな理由のためなのか、残念ながら日本で上演されることがほとんどないオペラです。
ヴェルディのグランドオペラ
ドン・カルロと似ている
このオペラを見たときにもう一つ漠然と感じたことは
ヴェルディの別のオペラ「ドン・カルロ」と似ているということ。
どちらも王や王女が出てくるストーリーで設定が壮大、そして話がドラマティックなこと。
バロック時代のオペラセリアにも王が出てくるものが多いのですが、
そちらは偉大な王の徳を讃えるという意味合いが強く、またカストラートなど高音域の配役が多くなっていますのでちょっと別物。
ヴェルディのオペラは、オペラセリアよりもっと人間臭いドラマが盛り込まれています。
例えが悪いかもしれませんが、日本に置き換えるなら歴史に基づいたスケールの大きいドラマという点では、NHKの大河ドラマ風とでもいうのかなと思います。
ただ、「シチリアの夕べの祈り」は全体としては「ドン・カルロ」ほどはおもしろくない、というそんな印象でした。
そして似ているという点では、そのあと見たヴェルディの「仮面舞踏会」や「運命の力」も似ています。
「ドン・カルロ」と「シチリア島の夕べの祈り」が第5幕まであるのに対し、
これらは5幕まではありません。
パリ・オペラ座のために作った作品ではなかったからということがあるのだと思います。
しかしながら、いずれも歴史を扱った壮大なオペラで、人間模様が絡むオペラという点では、これらのオペラには共通点があります。
これらはヴェルディのオペラの中では続けて作られているオペラで、中期(いや後期かな)のヴェルディの特色かもしれません。
それ以前のオペラには椿姫や、リゴレットなどがありますが、一人の女性の生き様や、親子のストーリーなので、ちょっとストーリーのタッチが変わってきているのがわかります。
グランドオペラとして
シチリア島の夕べの祈りの初演はパリ・オペラ座でした。
当時のパリ・オペラ座はグランドオペラが全盛期の頃(ちょっと終盤)で、
ついにヴェルディもグランドオペラを手がけることになったわけです。
パリ・オペラ座というところは、主に富裕な資産家がお得意さまで
彼らの多くが劇場の良い定席を確保していました。
悪い言葉で言えば新興成金的な人達ですね。
もちろん経済の発達のためにはとても重要な人たちなのですが、
それまでオペラを観ていた貴族達とはちょっと違う人達だったのです。
そのため神話の復活とか、王の徳を讃えるという様な、つまらないオペラセリアより、派手で楽しめるオペラが求められていました。
第2幕か第3幕に必ずバレエが入り、5幕まであるオペラが主流。
長くても最初から全部見るわけではないから問題ない‥。という感じだったと思います。
パリ・オペラ座からの依頼でヴェルディもグランドオペラを作ることになったからには、ヴェルディもオペラ座のスタイルに合わせたものを作ったんですね。
そして「シチリア島の夕べの祈り」以降のヴェルディのオペラはグランドオペラの様相になっています。
ちょっと余談ですが、モーツァルトのドン・ジョバンニは現在2幕ものとして上演されるのが普通ですが
1830年代にパリのオペラ座で上演したときは5幕に引き延ばされて上演しているのです。
もっともドン・ジョバンニは2幕といっても1場・2場・3場というように場が多いので、それが可能だったのかなと思います。
スクリープと台本
スクリープという人
さて、「シチリア島の夕べの祈り」の台本はウジェーヌ・スクリープというフランス人作家なのですが、
この人は、派手でドラマティックなグランドオペラの作家としては当時なくてはならぬ存在だったようです。
シチリア島の夕べの祈りのあとヴェルディは、オペラ「仮面舞踏会」でも、スクリープと組んでいます。
だからと言って二人の関係がうまくいっていたかというと、決してそうではない節があります。
イタリアのオペラ制作に関わるやり方と、とフランスのオペラ座とでは何かと手順や、オペラに対する考え方が異なっていたのではないでしょうか。
それは妻のストレッポーニがヴェルディがオペラ座での仕事にストレスを抱えていたと言っていることからも伺えます。
スクリープに支払う料金も破格の値段だったようで(ヴェルディが出すわけではありませんが)。
とはいえ、スクリープという人が当時かなり有名だったということは、
現在もパリ・オペラ座のすぐそばの通りは彼の名前が付いている、スクリープ通りというのがあることや
ホテルの名前になっていること、スクリープの銅像まであることからわかります。
史実と台本
シチリア島の夕べの祈りの元になったのは、13世紀に実際にシチリア島のパレルモで起きた暴動です。
当時シチリアはフランスの支配下にあり、不満を抱えていたシチリア人が、晩祷(夕方の祈り)の鐘を合図に暴徒と化したというものです。
これにより殺されたフランス兵や関係者は3000人〜4000人と言われています。
きっかけはフランス人兵士によるシチリアの娘への暴行でした。
この部分についてはこのオペラも同じ内容なのですが、
フランス人を焚きつけるたのはシチリア人になっているところは、ちょっと違っています。
これについてはこのオペラが、フランスの依頼で作られたオペラだったからなのかもしれません。
フランス人がきっかけを作ったのだと、自業自得に見えてしまいますが、
焚きつけたのがイタリア人となると見方が変わってきますよね。
その代わり、イタリアの上演においては検閲で通らなかった所があったのも、同じ理由かもしれないと思うのです。
またこのオペラの中で、主人公のエレナとアルリーゴは架空の人物としても
オペラのその他の登場人物には、実際の人物の名前が出てきています。
たとえばシチリア側の首謀者であるプロチーグは実際にシチリアの反乱の影の指導者だったと言われる人物の名前です。
またオペラの中でアラゴンからの救援がきていることを伝えるシーンがありますが、これも実際のもの。
当時シチリアを制していたのはフランスの現在のロワール地方のアンジュー家一族。
そして暴動ののち鎮圧されるかに見えた頃、スペインのアラゴン王国が上陸して制圧しているので、これも史実に近いことです。
アラゴン王国はもともとシチリアの王族からの嫁ぎ先でもあったので、親戚関係。
アラゴン王国は救援、制圧にきたということなのです。
実際にいた人物や王国が出てくると、ストーリーに信憑性がでます。
それにプラス架空の恋愛ドラマが盛り込んであって
そこら辺がスクリープという人の、というかグランドオペラらしさでもあったんですね。
日本の大河ドラマも、ほとんど史実の人が出てくるので、その中に架空の人物や恋愛が絡まっていても、それも全て実際にあったことのように見えるというのがあるのではないでしょうか。
グランドオペラのおもしろさでもあると思います。
最後に、このオペラはもともとスクリープの台本を元にドニゼッティが「アルバ公爵」という題で途中まで作曲して未完になっています。
ヴェルディの作曲に際し台本の内容は変更したようですが、アルバ公爵も4幕まではできていたといいます。
ドニゼッティのそちらのオペラも可能なら観てみたいものです。
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