今回はヴェルディが作曲したナブッコについてです。
ナブッコというオペラは一言で言うとヴェルディの出世作、
そして「行け思いよ、金の翼に乗って」という第三幕の合唱が非常に有名なオペラです。
ナブッコができる頃のスカラ座
ナブッコの初演は1842年。
ヴェルディが29歳の時の作品です。
ヴェルディは、わかっているところでナブッコ以前に二つのオペラを作っていました。
- 一つはオベルト伯爵(1839年初演)
- もう一つは1日だけの王様(1840年初演)
オベルト伯爵はのちのヴェルディっぽい悲劇的なオペラ、ちょっとリゴレットのようなストーリー。
そして1日だけの王様は、敵の目をごまかすために1日だけ王様になりすました男を中心に二組の恋人たちがくりひろげる喜劇ですが、
いずれもナブッコほどの成功にはならなかった作品です。
とはいえこの二つの作品はいずれもミラノのスカラ座での初演なんですよね。
これってすごいんじゃない?って思うんですよね、まだヴェルディは当時20代の新人だと思うのに。
で、当時のスカラ座ってどんな感じだったのかというと
1826年にサン・カルロの敏腕マネージャーだったバルバイアがミラノスカラ座に来てしばらく監督になっているんですね。
彼は6年間スカラ座の音楽監督を務めたようで、
その間にベッリーニのオペラを三つ
- 「海賊」(1827年)
- 「異邦人」(1829年)
- 「ノルマ」(1831年)
の初演をしています。なかなかすごい。
その後ナポリに戻り、バルバイアの後を引き継いだのがバルトロメオ・メレッリという人。
その後もスカラ座では
- ドニゼッティの「ルグレッツィア・ボルジア」(1833年)
- ドニゼッティの「ジェンマ・ティ・ヴェルジイ」(1834年)
- メルカダンテの「誓約」(1837年)
- メルカダンテの「イル・ブラーヴォ」(1839年)
などの初演があり結構華やかな感じですよね。
ルグレッツィア・ボルジア以外はあまり上演されないけど。
特にメルカダンテのオペラって今はほとんど上演されなくなってますけど
当時は大作曲家だったらしいんですよね。
ヴェルディがメルカダンテを手本にしたとか、メルカダンテは自分の地位を脅かすヴェルディに嫌がらせをしたとか。
いったいどっち?何が本当か詳しいことはわかりませんが、それだけヴェルディの才能は際立つものがあったのでしょうね。
とはいえ当時のオペラ界の状況は、
イタリアの巨匠だったロッシーニは1824年からパリに行っちゃってまだ40代なのに音楽業界から引退を宣言しちゃうし
頼みにしていたドニゼッティも1839年にパリへ行ってしまうし。
もう一人ベッリーニは1835年に34歳という若さで亡くなってしまうわけです。
もちろんこれらはスカラ座のみならずイタリアにとっての打撃だったと思うんですが
そんな時だからヴェルディにチャンスが回ってきたんだろうなあと思うのです。
実は当時のヴェルディは子供と妻を続けて亡くすというとても辛い状況で、一旦は作曲を断念していた時期だったといいますが、
それでもメレッリの勧めでオペラを作ることに。
絞り出すように頑張って作ったナブッコが大成功したんだなあと感慨深くなってしまいます。
というとメレッリとヴェルディの美談にも見えるのですが、
一方でその後メレッリの恋人だったストレッポーニとヴェルディは結婚しているので、そのあたりの二人の気持ちまではわかりません‥。
その後ヴェルディとスカラ座の関係は悪くなったようだし。
それはさておきナブッコってどんなストーリーかについてです。
ナブッコの原作と台本
ナブッコの原作のストーリーは何から来ているかというと元は旧約聖書です。
ナブッコは王様の名前で、ナブコドノゾールとも言います。
旧約聖書って少しでも読んだことがある人なら知っていると思いますが、何々記とか何々書というのがすごくたくさんあるんですよね。
その中のダニエル書や、エレミア書に出てくるのがナブコドノゾールという王様。
ダニエル書では主人公ダニエルがバビロニアに捕らえられてくるのですが、その賢さと予言から王のナブコノドノゾールに重宝がられるというもの。
この旧約聖書から戯曲になった物語があって、それを元にテミストークレ・ソレーラという人が台本を書いて、それがオペラになったわけです。
元の戯曲はバレエにもなり、まだ新人のヴェルディのナブッコ上演の際はバレエで使ったセットをそのまま使ったとか。
さすがのヴェルディも一夜で巨匠になったわけではないし、その頃は使い回しのセットを使ったわけでそれも仕方ないかもねと思ったのでした。
この台本を書いたソレーラという人は初期のヴェルディの作品にはちょいちょい出てくる名前で、
スカラ座で最初に上演したおベルト伯爵もソレーラの台本、
その後のイ・ロンバルディ(スカラ座)、ジョヴァンナ・ダルコ(スカラ座)、そしてナブッコから4年後の1846年にはオペラ・アッティラもソレーラが途中まで台本を書いているんですよね。
これらの作品はヴェルディの中では上演頻度が少ないのですが、あきらかにリゴレットとか椿姫とはちょっと傾向が違う感じはします。
なんだろう、素朴というか粗野というか。
でも残念ながら生の舞台ではまだ見てないのでいつかナブッコは生で見たいオペラです。
さてこのオペラは第三幕の「行け想いよ、金の翼に乗って」の合唱がとても有名です。
イタリア人で知らない人はいないんじゃないかという曲だと思うし、なんなら日本の人も曲名は知らないけど聞いたことがある人が多いと思います。
これはバビロニアに捕らえられたユダヤ人たちが故郷を思って歌うシーンの曲。
これが初演当時のイタリアの人達にはことのほか心に響いたと言います。
初演当時のイタリア
初演の1842年頃のイタリアってどうだったのかというと、18世紀の終わりからナポレオンのイタリア侵略によりフランスの支配下状態になり、
ナポレオンがいなくなった後はオーストリア帝国の支配下になるという状況で
ナブッコ初演の少し後からイタリア各地で独立運動や独立戦争が起きるんですよね。
つまりちょうどこのナブッコ初演の頃は、イタリア人がイタリア人らしくなりたい、祖国を取り戻したいというイタリアの民族意識が悶々としていた頃だったわけです。
そんな時にこの第三幕の曲がまた染みいる旋律と歌詞で心に響いたんでしょうね。
静かな感じの曲なんですけど確かにじわじわと思いが伝わってくる曲です。
「我が祖国よ、とても美しく、そして失われてしまった、思い出はいとおしくそして不幸」
なんていうあたりは特に心に響きそうだなあと思います。
ちなみにアイーダの合唱を聞いても凱旋の曲とか、意外に静かな曲だなと思うんですよね。
それがイタリアらしいのかヴェルディらしいのかはわからないのですが、決して勇猛とかそういう旋律ではないんですよね。
ナブッコを見る時はぜひこの第三幕の合唱が見どころで、当時の人たちがこの曲に感動したんだなあと思ってみるとまた一味違うんじゃないでしょうか。
ナブッコ簡単あらすじ
ではナブッコの簡単あらすじを。
ナブッコはバビロニアの王様。
バビロニアはエルサレムを占領しているが、ナブッコの娘のフェネーナと敵国エルサレムのイズマエーレは恋仲。
一方ナブッコのもう一人の娘アビガイッレもイズマエーレに想いを寄せているので
自分を好きになるなら助けてあげようと言うが断られてしまいます。
実はアビガイッレはナブッコと奴隷の間に生まれた娘なので、ナブッコは王位はもう一人のフェネーナに譲るつもり。
ところが自分の出生の秘密と父の意向を知ったアビガイッレは怒りに燃えます。
神の怒りに触れておかしくなったナブッコをよそに、アビガイッレは王位に付きフェネーナとヘブライ人達を死刑にしようとしますが、
正気が戻ったナブッコが寸前でやってきて阻止するというあらすじ。
ナブッコが私は神だ!というと突然雷鳴が轟き天罰がおりたり
最後に祭壇の偶像が崩れ落ちるところなどは聖書らしいというか、サムソンとデリラをちょっとおもいだすオペラですね。
アビガイッレは重要な役どころですが、初演でこの難役を歌ったのはのちにヴェルディの妻になるストレッポーニというソプラノであったことも、興味深いです。
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