エルナーニはヴェルディのオペラの中では比較的初期の作品です。
ヴェルディというと椿姫やアイーダが有名なので影に隠れている感もありますけど
どうしてもっと人気が出ないのかな?と個人的には思う作品です。おそらく有名なアリアがないからなのか。
でも原作はユゴー。レ・ミゼラブルを書いた人です。
オペラ「エルナーニ」をみた私はおそらく原作はユゴーだし、原作の方は劇的でさらにおもしろいんじゃないかなと思い読んでみました。
初演当時ユゴーがこのオペラに「違う!」と意義を申し立てて、別の題名で上演したこともあったというのも、読んでみたくなった理由の一つです。
原作とそんなに違うのかなと。
読んでみて個人的に思ったのはシルヴァの描写がオペラには少ないこと、老いらくの恋の描写も少ないなと感じました。それでも全体としてのイメージ的にはかなり原作そのままという感想でした。
エルナニ合戦
ユゴーは19世紀フランスロマン派の代表的な作家で、エルナーニは1830年に初めて舞台化されました。
コメディ・フランセーズっていう今もある劇場での初演です。
エルネーニの原作は戯曲なんですよね。
で、オペラになったのは1844年のことです。
オペラの初演はフェニーチェ歌劇場で、その頃フランスではグランドオペラが大人気になってきた頃なんですよね。
エルナニを読むとなんとなくグランドオペラの題材になりそう!ってうお話なんですけど、
ヴェルディがグランドオペラを作るのはまだもう少しあとのこと。
とはいえ、オペラは4幕までだけど原作は5幕だし、やっぱりグランドオペラっぽいなと。(グランドオペラって5幕なのです)それとも当時の戯曲は5幕ってきまっていたのか。そこらへんは勉強不足でまだわからないです。
さて、ユゴーにまつわる話で、「エルナニ合戦」っていう言葉があるんですよね。
当時文学は「擬古典主義」っていうのと「ロマン派」っていう分野があってバチバチとやり合っていたらしいのです。
ユゴーはロマン派の方。
詳しくは調べてないですが、ようするにそれまでの戯曲っていうのは形式が決まっていたらしいんですね。
戯曲の書き方、形式が決まってみたいなのです。
- 場所の移動について、変えないとか
- 1日のうちの出来事にするとか
言われてみれば、1日の出来事を表した戯曲って多いような気もします。
シェークスピアの夏の夜の夢とかモーツァルトのフィガロの結婚の原作なんかもそうだし‥。
で、そういう形式にのっとらなかったユゴーへのバッシングが相当あったみたいで、
上演の妨害なんかもかなりあったみたいなんですよね。
今はそういうのって全然ないですよね。表現の自由ってやっぱり大事。
でも時代の流れは結局ユゴー側のロマン派主流になっていくわけで、いつの時代もどの分野にも既得権益を死守しようとする人はいるものなんですね。
原作は5幕だけどオペラは4幕
原作があってもオペラになるとそれとはちょっと違うなっていう場合の方が多いと思うんですけど
そんな中でエルナーニっていうオペラは全体の流れも出来事も登場人物も、かなり原作そのままじゃないかと思います。
でも原作のユゴーは違う!って怒ったらしいんですけど。
大きな違いと言えば原作の「エルナニ」は5幕の戯曲で、オペラは4幕であること。
原作の第2幕にあたるところがオペラには無いんですよね。
この第2幕はドン・カルロスがドニャ・ソル(オペラではドンナ・エルヴィラ)のところに忍んでやってきて、エルナニと一触即発になるところ。
戯曲なので、エルナニの言葉とか国王に対して一歩も引けを取らないところが、確かにかっこいいところではあるのですが
読んだ後思い起こして、第2幕ってどんなだったかな?と、若干印象に残らない感じが私はしたし、第1幕でもこのメンバーはバチバチとやっているので、いらないかなと私も思っちゃいました。
ただ、ここを省いちゃったらユゴーは怒るのかもしれない‥。
ところでエルナニ役ってもともとはコントラルト(女性の低い声)がやる予定だったのだとか。
時代的にバロックでもないし、ヴェルディのオペラっていうのは男性役は男性が演じる!と私は思い込んでいたので、これにはちょっと意外でした。
いやいやエルナニを女性がやるってちょっと今となってはありえないなあと、私は思っちゃいます。
なぜ角笛が鳴ったら本当に死ななければならないのか
オペラを見て私が不思議だったのは、いくらシルヴァに命を助けられたからといって、
シルヴァが角笛を吹いただけで、なぜ本当に自害しなければいけないのかということ。
しかも国王のドン・カルロスともうまくいき、恋人とも結ばれて幸せの絶頂の時で、
一方のシルヴァはもう何の力も無くなったただの老人なのにと。
それがオペラを見ていて一番不思議だったんですよね。そこまでする?という感じ。
角笛を吹く方も吹く方だし‥。
そこらへんはやっぱり原作だと書き込まれているから理解できる気がしました(100%ではないけど‥)
そもそも「よそ者をもてなせば幸いもともに訪れる」っていう言い伝えががあるらしく
国王がエルナニを差し出すように言ってもシルヴァは頑として渡さなかったんですよね。
という風に、原作を読んで一番意外だったというか、オペラとちょっと違うなと私が思ったのはこのシルヴァの描写なんですよね。
特に第3幕、客人として迎え入れたエルナニをとことんドン・カルロスから守るというところ。
原作はこの部分がすごく長くてシルヴァのくだりがすごく丁寧に書かれているんです。
シルヴァは日本でいうと武士っぽいいさぎよさとかっこよさがあって、読んでいると国王のドン・カルロスなんかよりずっと人間的に深いのです。
そしてそれに対してエルナニも並々ならず恩を感じていて、
「もしこれまでに天に向かって高貴な額が高く秀でることがあったとすれば、
もしこれまでに心が偉大で魂が気高いことがあったとすれば
それこそあなたです、公爵(シルヴァのこと)」
という言葉でもわかるのです。
シルヴァが延々と自分の先祖の歴々を説明していって、国王を苛立たせるくだりは、オペラには無い部分です。(ここは無いのも仕方ないなあと思いますけどここはかなり長いです)
オペラではエルナニが主人公ですが、原作ではユゴーはシルヴァの描写に一番力を入れているんじゃないかな思うくらい人物が浮き上がっているんですよね。
老いらくの恋・シルヴァの熱すぎる恋心
一方でこのシルヴァのドニャ・ソル(ドンナ・エルヴィラ)に対する恋心はめちゃくちゃ熱くて
「人間はつい理性を失う‥お前に恋い焦がれる私が良い例、老いた身で、恋に身を焼けば。嫉妬深く、意地が悪くなる。‥
寄る年波のせいなのだ。美貌‥若さ、周りの者に備わる何もかもが恐ろしく‥嫉妬の心を燃やし‥
片足だけで歩くような愛‥魂を若返らせてくれたが、肉体のことは少しも構ってくれはしなかった!」
これはシルヴァがドニャ・ソルに延々と訴える苦しい胸のうち。
さらに
「(若者の恋心は)羽が変わるのと同じこと、変わりやすい恋心の持ち主‥。我ら老人の愛は確かなもの。目に潤いがないだと?顔に皺がよっているだと?‥心には皺一つないのだ‥」
これはほんの一部ですが、こういう言葉が延々続くんですよね。
現代で本当にこんなこと言ったら若い人に「キモっ!」って即言われそうな言葉なんですけど(笑)
ドニャ・ソルは優しいので無下にはしないんですよね。
こんなに老人の恋心を熱心に描写したユゴーなんですけど、これを書いた当時はまだ28歳。
老人のセリフに載せたユゴーの熱い気持ちの描写でもあるのかもと勝手に思ったのでした。
とにかく原作ではシルヴァがすごく目立ちます。
ユゴーが原作と違うと怒ったのはシルヴァの描写がオペラではあっさりしすぎているのもあるのかなと。ただの意地悪な老人に見えちゃいますもんね、
と思いました。
リゴレットのマントヴァ公爵も実は出てくる
原作ではシルヴァがすごく目立つのに対し、国王ドン・カルロスは比較的原作のままのイメージがオペラにも出ているんじゃないかなと思います。
第4幕で皇帝に選ばれたドン・カルロスはいきなり徳を見せて、全員を許すんですけど、皇帝が徳を見せるっていうのはそれ以前オペラにもしばしばあって
珍しくもないところなんですよね。
でも原作はどうなのかなというのが一つ私の気になるところだったのですが‥
原作もあっさり(笑)
オペラ同様、どうかお願い!とドニャ・ソルにいわれて
あっさり「皆を許す、二人も結婚して良い」となるところはそのままでした。
というかドン・カルロスのキャラが一番原作に近いなとやっぱり思います。
ちょっと余談ですが、話の伏線として皇帝に誰が選ばれるかというのがあるんですけど、候補者が3人でそのうちの一人がドン・カルロスなんですよね。
で、残りの二人のうちの一人がマントヴァ公爵でこれってリゴレットに出てくる人物なのです。
「選帝侯の紫のマントを脱ぎ捨てたなら
そちたちはあのちんちくりんの道化師トリブーレより頭一つ分も背丈が低かろう」
というドン・カルロスのセリフの中のトリブーレっていうのは道化師リゴレットのこと。
リゴレットって「王は楽しむ」っていう戯曲が元なんですけど、これも実はユゴーの作品なんですよね。
そういうつながりがわかると内心私はワクワクするのでした(笑)
それにしてもユゴーの作品はやっぱりおもしろいです。
こんな劇的なストーリーをオペラにするのは難しいんじゃないの?と最初は勝手に思っていたんですけど、
実はヴェルディは当初別のウッドストックという小説でオペラを作ろうとしたものの、出来事が少ないということでやめてユゴーのエルナニを選んだのだとか。
たしかに一触即発の場面が多いし、急転直下で事態が変わるところは、出来事が多いので、そこが逆にオペラにしたい要因だったのねと思ったのでした。
※参考文献 岩波文庫 「エルナニ」ユゴー作 稲垣直樹訳
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