蝶々夫人・プッチーニのご当地三部作

アリア「ある晴れた日に」で有名な、蝶々夫人は

ジャコモ・プッチーニ作曲のオペラです。

舞台は日本の長崎です。

悲しいラストは、涙なしでは見られません。

 

成立と初演

 

  • 作曲:ジャコモ・プッチーニ
  • 初演:1904年
  • 場所:ミラノ スカラ座

 

蝶々夫人の劇

 

蝶々夫人の成立については、プッチーニが、蝶々夫人の劇を見たのがきっかけ、と言われています。

蝶々夫人の原作はアメリカ生まれの作家、ジョン・ルーサー・ロングという人の作で、

この人の姉が日本に滞在していた時の話が、元になっています。

 

ロングの原作を、芝居として戯曲化したのは、同じくアメリカ生まれのデーヴィッド・ベラスコという劇作家。

多くのブロードウェイ作品を作った劇作家でもあります。

そして、イタリア人のプッチーニが、ベラスコの劇「蝶々夫人」を見たのは、ロンドンに行った際でした。

ロンドンで、蝶々夫人の公演が行われていた経緯は、定かではありませんが、

ベラスコという劇作家の家族はもともと、ロンドンから移住してきています。

そんなつながりがあったのでしょう。

 

蝶々夫人の台本

ベラスコの蝶々夫人を見て、オペラ化を決めたプッチーニは

台本ジャコーザとイッリカに依頼します。

 

この3名による黄金のトリオは、名作を作り出しており、

蝶々夫人を作曲した頃のプッチーニは、最もあぶらの乗っていた時期といえます。

プッチーニがジャコーザ、イッリカとともに作った、名高い名作は、

の3つ。

これらの3つのオペラは、プッチーニの中でもとりわけ人気で、

世界中のオペラハウスのレパートリーになっている演目です。

 

プッチーニが、蝶々夫人の次に作曲した、「西部の娘」というオペラは、

別の台本作家が手掛けており、作風がちょっと変化してきているのがわかります。

ジャコーザが亡くなってしまったので、仕方ないのですが‥。

 

とはいえ、蝶々夫人と西部の娘は、同じくベラスコがかかわっています。

ジャコーザが亡くなってしまったので、プッチーニは蝶々夫人で、知りあったベラスコの作品を

次のオペラの題材にした、ということでしょう。

プッチーニとオペラの台本

 

異国情緒のあるオペラ

 

プッチーニは異国情緒のあるオペラを、多く書いている作曲家で

その一つが、この蝶々夫人で、舞台は日本の長崎です。

  • 蝶々夫人・・日本の長崎
  • トゥーランドット・・中国
  • 西部の娘・・アメリカ

 

この3つのオペラは、プッチーニのご当地三部作などと、呼ばれたりしますが、

正確に言うと、それより前の、マノン・レスコーにもアメリカが出てきています。

 

さらに言うと、プッチーニはイタリア生まれですが、

イタリアが舞台のオペラは比較的少なく、ベルギーや、フランスが多いですね。

ラ・ボエームもマノン・レスコーも外套も、オペラの舞台はフランスです。

そして、長崎を舞台にした、蝶々夫人は、プッチーニが、アジアを取り上げた、異国情緒ある、最初のオペラ作品というわけです。

その後、中国が舞台のトゥーランドットも作っているのは、蝶々夫人の人気があったから、ということがあるのでしょう。

当時のヨーロッパにとって、日本の文化や服装は、とても不思議だったでしょうし、

 

初演の失敗

 

とはいえ、蝶々夫人の初演は残念ながら、失敗だったと言われています。

2幕が長すぎたからとか

当時のイタリアにとって、日本という未知の国が理解しがたかった、などと言われています。

 

現在の蝶々夫人の楽譜になるまでに、プッチーニは、初演以降、かなり何度も改定を加えていますから、

思い入れは強くあったようですね。

蝶々夫人の作曲にあたり、プッチーニはかなり日本の音楽の研究をしていたことも、わかっています。

ヨーロッパに遠征に行っていた、川上音二郎の妻、貞奴にも会っていたとか。

その熱心さがわかりますよね。

 

要所要所に見られる日本らしいフレーズ

さくらさくらや、君が代、お江戸日本橋などが入っていて、

ご当地3部作の中でも、もっとも異国情緒があるオペラではないでしょうか。

そして、世界中で人気があるというのは、なんとなく嬉しいものです。

 

初演から、二度目の上演は、ミラノより少し東に行った、ブレーシアのグランデ劇場

大成功とはいかないまでも、徐々に蝶々夫人の人気が上がっていったようです。

 

 

上演時間とあらすじ

 

上演時間

  • 第一幕:50分
  • 第二幕:60分
  • 第三幕:30分

合計2時間20分。休憩を入れると、3時間少しです。

初演当初は二幕までしかなく、二幕が90分という長さでした。

初演の失敗は、二幕が長いということは確かにあったかもしれません。

ワーグナーのオペラなど、一つの幕が1時間半くらいあるものが、ありますが、かなりお尻がいたくなりますから(笑)。

ワーグナーとバイロイト

 

あらすじ

 

長崎に駐留するピンカートンの日本人現地妻になった、蝶々夫人。

ピンカートンは、日本での任期が終わり、アメリカに戻ってしまいますが、

彼を信じてひたすら待ち続ける蝶々夫人

やっと戻ってきた、ピンカートンは、アメリカ人の妻を伴っていました。

事情を察した、蝶々夫人は、刀で自害するという

悲しいあらすじです。

 

 

見どころ

 

日本らしさと悲しいラスト

 

長崎には、当時、実際に、外国人の日本人妻になっていた女性が、かなりいたといいます。

その中で、裕福な男性に見初められた女性は、蝶々さんの様に、家を持たされて、きちんとした住まいに住んでいたらしいですね。

 

さて、外国人が日本を表現すると、往々にしてちょっとおかしい、という部分があるものです。

蝶々夫人にも、細かい面では、そういうところがあるとはいえ、

全体としては、日本らしさが、かなり的確に表現されているのではないかと思います。

 

真実を知っても、泣きわめくこともせず、平静を装いつつ、状況を悟って死を選ぶところなどは

なんとなく日本らしさではないでしょうか。

そこまで、つつましくなくても‥、とは思いますが。

 

しかしながら、子供が出てくる、ラストの自害シーンは、

やはり涙なしでは見られません。

悲しいラストです。

 

世界中で上演されている蝶々夫人、ですが、

このオペラを鑑賞した外国の人の感想を、ちょっと聞いてみたい気がします。

まさか、日本人みんなが着物を着て、刀を持っているとは思っていないとは思いますが、どうなんでしょうね。

 

見どころはなんといっても、ラストの第三幕だと思いますが、

蝶々夫人が歌う有名なアリア「ある晴れた日」も聞き逃せないですね。

 

歌手の負担

蝶々夫人のソプラノ歌手の役は、歌いっぱなしで、ソプラノにしては低い音域の負担も多い役です

そのため、歌手にとっては非常に難しく、負担が多く、へたをすると喉をつぶしてしまう、といわれる役なのです。

海外においても日本人が、抜擢されて演じていますが、一般的に華奢な日本人には、負担が多いんですよね。

フィンランド・スウェーデンのオペラ鑑賞

 

それだけに、かつて、林康子さんが、ミラノのスカラ座で、蝶々夫人のタイトルロールを歌って

見事に成功したのは、とてもすごいことだと思います。

 

そのもっと昔は、三浦環さんという、オペラ歌手がスカラ座でこの役をやっていますね。

スカラ座のブーイング

 

非常に涙を誘う、悲しいあらすじですが、

蝶々夫人を捨てたピンカートンが、罪悪感にうちひしがれいることが、せめてもの救いかもしれません。

 

<今後の蝶々夫人のオペラ公演>

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