ヨーロッパ、特にイタリアとドイツでは17世紀から20世紀にかけて
たくさんのオペラが生まれましたが、
広大なロシアでは、少し遅れて、傾向の異なったオペラが生まれていきました。
決して明るいオペラではないものが多いのですが、ロシア独特の土臭さがなんとも独特の魅力です。
ロシアオペラの歴史と特徴
17世紀以降のオペラの歴史を見ていくと、イタリアやドイツのオペラは、周辺の地域にも影響を与えていきましたが
それはロシア、中でもロシアの西側にもイタリアやドイツのオペラの影響がありました。
イタリアオペラが歴史上、最初にロシアで上演されたのは
1720年代で、イタリア人一座によるペテルブルグでの上演だったと言われています。
そして、1742年には、劇作家メタスタージオのオペラ「ティートの慈悲」が上演されたことがわかっています。
(モーツァルト作曲の「皇帝ティートの慈悲」ではないです)
また1782年になると、パイジェッロというイタリア人の作曲家が「セビリアの理髪師」というオペラをロシアで初演し、これが大成功します。
(ロッシーニのセビリアの理髪師ではないです)
このころのロシアは、イタリアオペラの特徴がそのまま入ってきていたことになります。
このオペラは成功したので、すぐに各地で上演されるようになり、ウィーンでも上演されているんですね。
モーツァルトは、パイジェッロの「セビリアの理髪師」を見て、続編の「フィガロの結婚」を書き始めた
と言われていますから、天才モーツァルトが影響を受けるような、おもしろいオペラだったということですよね。
現代では、セビリアの理髪師というとロッシーニの方が有名になってしまっていますが、
実はパイジェッロの方が先で、こちらもかなり一世を風靡していたのです。
ちなみにこの同名オペラは原作が同じで、ストーリーもほぼ同じ。
パイジェッロのオペラは日本ではあまり上演されませんが、もし機会があれば見てみるとおもしろいと思います。
実はロッシーニのセビリアの理髪師は今でこそ人気オペラですが、初演の時はそうでもなく
その理由の一つはパイジェッロのファンが多かったからよく思わなかったとも言われているんですね。
それくらいパイジェッロは有名だったわけです。
さて、パイジェッロはロシアのエカテリーナ女帝に招かれて、ロシアに10年近く滞在しており、
ロシアの宮廷楽長を務めた人です。
その間に、セビリアの理髪師を成功させているわけです。
その後もロシアのオペラの歴史では、しばらくイタリアやドイツのオペラが取り入れられ、
また形式や特徴も、真似をして作られていたのですが、
その後は徐々に、ロシア独自の民族主義の影響を受けていくことになります。
ロシアオペラの歴史と特徴は、全く異なる独特の芸術となっていくんですね。
民族主義・国民主義のロシアオペラの歴史上の創始者といえるのは、グリンカという作曲家です。
グリンカの代表的オペラは「イワン・スサーニン」で、1836年に初演されていますが
ロシアの国民主義的オペラの先駆と言えます。
グリンカ以後のロシアの作曲家たちは、プーシキンや、ゴーゴリといった国民主義文学に強い影響を受け、
特にプーシキンの題材を多く使っていますね。
こうして、ロシアは自国の民族的な音楽を盛り込み、ロシアのためのロシア的な独自の音楽性を確立していくことになるのです。
そのため、ロシアのオペラは、地に足がついた土臭いというか重いテーマで、年代記そのままのような重厚なオペラが多くなっています。
これらのオペラの特徴は、長大なオペラが多く、また、バスやバリトンが主人公のオペラが目立ちます。
そして、迫力ある歌唱が必要なのに加えて、出ずっぱりの役も多く、歌手の負担も大きいので、上演が難しいオペラが多いのも特徴です。
一方で民族的な旋律は、意外に日本人には馴染みやすく、魅力的で聞きごたえ十分ではないかと思います。
主題は重いけど音楽は、受け入れやすいといったところでしょうか。
私もロシアオペラの音楽は最初に聞いた時からなぜか好きなんですよね。
さて、ロシアのオペラには、やはりロシアのオペラ歌手が向いているように思います。
特にロシアの男性歌手は、太い喉でものすごい音量で歌う人が多いのですが
反面繊細な機微となるとちょっと苦手な感じも否めず、ドニゼッティやベッリーニ向きではないかなと‥。
ただ、歴史が現代に近づくにつれ、ロシアオペラの特徴も傾向が変わってきています。
熊ん蜂の飛行で有名なリムスキー・コルサコフは金鶏という童話のようなオペラを作っていますし、
多くの楽曲を残したプロコフィエフも、三つのオレンジへの恋という不思議なオペラを作っています。
ストーリーも重いものだけではなく楽しいものがでてきて、中にはムツェンスク郡のマクベス婦人のように物議を醸し出した問題作もあります。
以下に、おすすめのロシアオペラをご紹介します。
ロシアのオペラおすすめ
イワン・スサーニン(皇帝に捧げた命)
グリンカ作曲のオペラです。
ロシアの国民主義的オペラの先駆け的なオペラ第1号といえます。
物語は、ロマノフ王朝時代、自分の身を投げ打って皇帝の命を救った、ロシアの勇敢な農民イワン・スサーニンの行動が題材。
このオペラの練習風景を見た、当時の皇帝ニコライ1世が、ストーリーに感激して、題名を「皇帝に捧げた命」に改めさせましたが、
その後イワン・スサーニンに戻っているので二つの題名があります。
ルスランとリュドミラ
イワン・スサーニンと同じグリンカの作曲ですが、全く趣の異なるオペラで、おとぎ話。
怪物に連れ去られたリュドミラを救うために、ルスラン達が洞窟や荒野、魔法の城に出かけていく物語。
5幕で正味3時間なので、かなり長めですが、楽しいオペラ。
イーゴリ公
ボロディン作曲のオペラです。
ダッタン人の踊りが有名。
タイトルロールのイーゴリ公はバリトンが担当。
ロシアの国民的オペラは、バスやバリトンが主役と言うのも特徴です。
4幕で正味3時間半と、こちらもワーグナーのような長さですが
東洋的な音楽で聴きやすいオペラです。
祖国のために戦った、イーゴリ公の軍記物オペラで
こちらもロシアらしい国民オペラの代表の一つです。
ボリス・ゴドゥノフ
ムソルグスキー作曲、ロシアオペラの最高傑作。
ロシアオペラでは、絶対見るべきオペラだと思います。
原作はプーシキンで、主役のボリス・ゴドゥノフはバスが歌います。
音楽的には荒削りとも言われており、話も暗いのですが、終始情熱的で劇的な音楽はとても魅力的です。
17世紀はじめのロシアを舞台にしており、ボリス・ゴドゥノフは皇帝。
王子を暗殺した罪の意識で、錯乱していくストーリーです。
エウゲニー・オネーギン
チャイコフスキー作曲のオペラ。
ロシアのオペラの中では最も上演されるオペラでしょう。
こちらもプーシキンの原作で、血統のシーンはあるものの、全体としては静かなオペラ。
タチヤーナの手紙のシーンは、原作ほぼそのままの言葉を使っていて、有名。
オルレアンの少女
チャイコフスキーの作曲。
オルレアンの少女とはジャンヌ・ダルクのこと。
オペラとしてはエフゲニー・オネーギンや、後のスペードの女王の方がおもしろいのですが、
1幕終盤でメゾソプラノのジャンヌダルクが歌うアリアは素晴らしいです。
スペードの女王
こちらもプーシキンの原作。少しおどろおどろしたストーリーで、見た後は、少々疲れますが
とても引き込まれるオペラ。
主人公のゲルマンが3枚のカードの謎で、おかしくなっていく様は、よくできたストーリだと思います。
ゲルマンは出ずっぱりで、強い喉が必要。とても大変な役です。
金鶏
リムスキー・コルサコフが亡くなる前の年に作曲した最後のオペラ。
こちらもプーシキンの詩からきているオペラ。
金鶏がキリキ・キリキと鳴くのにまつわるおとぎ話のようなオペラ。
美しい音楽で楽しいオペラですが、王子や王が死に、教訓と風刺のオペラでもある。
金鶏リムスキー・コルサコフ単なるおとたんなるおとぎ話じゃない
道楽者のなりゆき
ストラヴィンスキー作曲のオペラ。
ストラヴィンスキーといえば、火の鳥や春の祭典を作った、20世紀を代表する作曲家。
いくつかオペラも作っていて、「エディプス王」は、オペラオラトリオと呼ばれ、ちょっとオペラとは様相が異なるので、
もっともオペラらしいオペラはこの、道楽者のなりゆきのみ。
初演は1951年というから、割りと最近のことですね。
ストーリーは題名の通りで、思わぬ大金を手にして、身を持ち崩していく教訓的なお話。
三つのオレンジの恋
プロコフィエフ作曲のオペラ。
童話のようなオペラですが、これも風刺が含まれている。
始まる前のプロローグがちょっと変わっている、不思議なオペラ。
うつ病の王子をどうしたら笑わせられるか、から始まり
魔女も出てきて、オレンジの中から王女が出てきては、すぐに死んでしまったり
なんとも不思議な話のオペラです。
ムツェンスク郡のマクベス婦人
ショスタコーヴィチ作曲の問題作と言われるオペラですが、同時に20世紀の最高傑作とも言われる興味深いオペラ。
浮気のシーンがあり、人間の欲望と官能を音楽で現しているオペラです。
そのため、スターリンの怒りに触れたことで有名。
リアルで、迫力がある音楽は独特で新しいもので
日本では1992年に初めて上演されました。これもオペラの歴史ではつい最近のことですね。
どれをとっても特徴があり、個性的なロシアのオペラ。
上演回数は少ないのですが、機会があればぜひみてもらいたいオペラの数々です。
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