オッフェンバックのオペレッタ
今回はオッフェンバックのオペレッタ「美しきエレーヌ」についてです。
初演は1864年。
場所はパリのヴァリエテ座(ヴァリエテは英語だとバラエティです)でした。
オッフェンバックというと日本では「天国と地獄」とか「ホフマン物語」の方が有名ではないかと思います。
美しきエレーヌはあまり日本では知られていないんじゃないかと。
天国と地獄はオペレッタ、そしてホフマン物語はオペラなのですが、「美しきエレーヌ」はオペレッタの方です。
というかオッフェンバックはほとんどがオペレッタなのですが‥。
で、「美しきエレーヌ」がどんなオペレッタかというと、全体としては「天国と地獄」のような感じかなと思います。
神話をパロディ化しているところも同じだし、当時の風刺が込められているし、倦怠期の夫婦が出てきたり、雷が鳴ったり‥など。
あと音楽の感じとか合唱もなんとなく似ているところがあります。作曲者が同じだから当然といえば当然かもしれません。
ヨーロッパでは「美しきエレーヌ」は「天国と地獄」に並ぶくらい有名らしいです。
実際に見てみても、なんなら天国と地獄より音楽が聞きやすいし内容もおもしろいかもなんて思うくらいです。(ただ、すごく有名なフレーズっていうのが無いんですけど‥)
美しきエレーヌは初演当時もすごい人気だったらしいんですよね。
初演の翌年にはウィーンでドイツ語にして上演しているくらいですから。
もう一つ見ていて思ったのが、オペレッタの王様のように言われているのがヨハン・シュトラウスの「こうもり」なのですが、オッフェンバックの方が原型なんだなという感想です。
実際年代的にもオッフェンバックの方が先でこうもりの初演は1874年なので10年後です。
オペレッタの歴史の方でも書きましたけどやっぱりこっちが本家なのねというのを、見て実感したのでした。
美しきエレーヌの台本はアンリ・メイヤックという人とアレヴィっていう人が作っているんですけどそもそもこの二人は「こうもり」の元になった戯曲を作った人です。
だから両者のつながりを感じるのも当然といえば当然なのかもしれません。
ちなみにこの二人はあのビゼーのカルメンの台本も作っているんですよね。
今も有名な曲がたくさんあるけど、当時はさぞかし人気作家だったのだと思います。
あと、これは私の勝手な妄想かもしれませんが、聞いているとロッシーニの感じも浮かんでくるんですよね。
ゆっくりからだんだん速くなる感じ。
そういえばロッシーニもパリに行ってるしなあと。
ただウィリアム・テルを作ったのが1829年だからどうなんだろう。影響は受けてないのかなとまた勝手な妄想をしてしまうのでした。
それからこのオペラの初演のエレーヌ役はオルタンス・シュナイダーという人が演じています。
この人は当時のオッフェンバックの数々のオペレッタに出ていた相当の人気歌手だったようです。
エレーヌ役ってメゾが歌ったりソプラノが歌ったりしているですけど、何れにしてもちょっと低めのソプラノっていう感じなんですよね。
おそらくオルタンス・シュナイダーっていう人の音域に合わせていたのかな?とそんなことも想像しちゃったのでした。
それにしてもなんなら天国と地獄よりおもしろいくらいなのに日本ではなぜあまり上演されないのかと思いました。
それってやっぱり神話がわからないっていうのもあるんじゃないかとこのたびちょっと感じたのです。
神話パリスの審判のパロディ版
「天国と地獄」も神話が元になっているのですが、「美しきエレーヌ」もそうです。
「パリスの審判」っていう言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。
トロイア戦争の元になったと言われるお話で、
3人の女神の中で誰が最も美しいかを選ぶっていうくだりがあるんですよね。
それを選ぶ審判役がパリスだったわけですが、3人の女神たちはなんとか自分を選んでもらうためにそれぞれパリスに賄賂を渡そうとするわけです。
神話って結構残酷なところもあるし、賄賂とか生々しいところもありますよね。
で、パリスが選んだのは3人の女神のうちヴィーナスでした。
ヴィーナスの賄賂は最も美しい女性をパリスに与えるというものだったのです。その女性というのがヘレネーで、オペレッタの中ではエレーヌになっています。
ヘレネーは夫がある身で夫は王様だったのでそれがトロイア戦争に発展していくわけなのです。
「美しきエレーヌ」にはパリスも同じ名前で出てきていて、神話同様パリスはエレーヌを奪おうとするのですが、
神話のパロディ版なので、エレーヌはすでに夫には飽き飽きしているけどかといって世間体があるしなあ‥
じゃあ夢でならいいか、いや実は夢じゃないよね、
という感じのパロディ版になっているわけです。おもしろいですよね。
で思ったのがヨーロッパの人たちにとってこの神話は馴染みのあるものかもしれないけど、日本の私たちにとってはやっぱり知っている人は少ないと思うんですよね。
パリスの審判のせいでこうなったといわれてもやっぱりピンとこないというか。
そこから勉強しないといけないってやっぱりハードル高いなって思います。
とはいえ、それを知ってこの「美しきエレーヌ」を見るときっとまた別の楽しみがあると思うのです。伏線のストーリーをちゃんと知ってると「ああ、あのことね」とわかるのってそれはそれでちょっと楽しいのは確か!
美しきエレーヌの中でパリスがアリアで「イダの山の中‥」って歌うところでパリスの審判のことを歌うんですけどイダの山っていうのも神話に出てくる山だったりするんですよね。
そういうのもピンと来ちゃうわけです。
あとアガメムノンとかもちゃんとでてくるし、まさに神話のパロディになっているのです。
演出によっては「黄金のりんご」なんかも出てくると思いますけどこれもそう。
というわけで、一通り知った上で「美しきエレーヌ」をみるとすごくおもしろさが違ってくるので実はすごく楽しさが深いなあとすら思っちゃうのです。
とはいえ倦怠期の夫婦っていう設定は「天国と地獄」と同じだし世間体とか気にするところも同じ。オッフェンバックのと言うか台本のメイヤックとアレヴィの得意な感じなのかも。
あとオッフェンバックのオペレッタって当時の世情を風刺しているってよく言われます。
女好きの貴族や浮気をする妻、お金を使う官僚とか当時の誰かをもじっているということらしいです。
当時見ていた人たちは「あ、ナポレオン3世のこと言ってる」とか「皇后のことかな」とかその辺もおもしろかったのかもしれませんが、正直今の時代に見るとそういうのはピンとこないですよね。(少なくとも私は)
オペラ本はほとんどがすごくまじめな本が多くて(まあ当たり前かな)「当時の世情の風刺が‥」なんて書いてあって、なんとなく堅苦しくて学術的になっちゃいますけど‥。
実際のところ当時の観客はほくそ笑んで見ていたっていうところじゃないかとそんな気がしています。
あとオッファンベックのオペレッタは実際にあったシリアスオペラのパロディ版っていう面もどうもあったみたいで、
「天国と地獄」はグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」とお話は一緒だったりするんですよね。
当時パリのオペラ座ではシリアスな内容のグランドオペラがしきりに上演されていたわけで、それのパロディ版だったのかもと思うとそっちはちょっとおもしろいなと思います。
ベルリオーズが「トロイの人々」っていう同じ題材のグランドオペラを作っているんですけど、それを意識した可能性は十分ありますよね。
「トロイの人々」はパリオペラ座では上演されなかったんですけど‥。
ちなみに少し余談ですが、「トロイの木馬」ていうのも同じ神話の中のお話です。大きな木馬に兵士が隠れているんですけど、今では悪質なウィルスとして有名になっちゃいましたよね。
まあでもオペレッタを通して神話を読んでみるっていうのもいいんじゃないかなって思います。
あとパリスの審判を描いた絵画もすごく多いです。だいたいは3人の女神とパリスとりんごがあるパターンの絵。
オペレッタを見ていると絵まで関係しちゃうっておもしろいなあって思うんですよね。
美しきエレーヌ簡単あらすじ
それでは美しきエレーヌの簡単あらすじを書いてみます。
基本は神話が元になっているんですけどクイズ大会とかカード勝負が入っていて意外に複雑なストーリーに思えるかも。
場所はジュピテルの神殿。ヴィーナスがパリスに与えると約束した美女はエレーヌ。
エレーヌには夫がいるのですがすでに夫婦仲は倦怠期でエレーヌはパリスの審判で浮気しちゃうかもとちょっとうきうきです。
エレーヌはパリスを一目見たとたん気に入ってしまいます。
そしてクイズ大会でもパリスは優勝。
エレーヌの夫メネラウスはパリスを家へ招待するのですが、そこで偽の神託がおりてメネラウスはすぐにクレタ島に行くことになります。追い払われちゃったわけですね。
第二幕では夫がいなくなったものの世間体を気にするエレーヌ。夢の中でならパリスと会ってもいいわよねと。
実際は眠りから冷めているのですが、眠っていることにして(笑)パリスと抱き合っているところに、夫のメネラウスが急に帰宅して妻の不貞を見つけてしまいます。
妻をなじるメネラウスに対して人々は、妻がちゃんと出迎えられるように事前に帰宅を知らせない夫が悪い(笑)と言われてしまうので、メネラウスはアガメムノンに助けを求めます。
そのためパリスはアガメムノンに追放されてしまいます。
第三幕ではパリスが追い出されたことで今度はヴィーナスの怒ります。すべての妻は夫を捨ててしまい、エレーヌも夫にうんざり。
乱痴気騒ぎばかりでこの国は荒れ放題になるので、仕方なくメネラウスはヴィーナスに謝ることになります。
すると船がやってきて大神官よりまたもや嘘のお告げがあり、エレーヌにシテール島に行くようにといいます。嫌がるエレーヌですが、実は大神官がパリスだとわかると喜んで船に乗り込みます。
騙されたとわかったメネラウスは怒りますが、後の祭り。
そんな簡単あらすじです。
美しきエレーヌ見どころ
以外に複雑なストーリーだなという印象のオペレッタです。
どうしてクイズ大会とか必要なのかなと思うのですが、このシーンはいろんな王様が登場したりして音楽も聞きやすいしなかなか楽しい場面なので見どころ。
王様達を始め全般に衣装には注目したいところでこれも見どころ。派手にもできるしそこそこにもできるしそこは舞台によって個性が出るところじゃないかと思います。
音楽は特別有名なアリアなどはないものの、オペラっぽいきれいな音楽や、ワクワク感のある音楽、ちょっと変わったクープレなどもあってずっと飽きないです。
合唱も多く、第一幕最後の合唱などは思わず小躍りしたくなるような音楽でここも見どころ聞きどころかと。
かと思うと第二幕最後などはとても優雅なワルツが聞けます。
エレーヌが最初の方で歌う「愛をお与ください‥」はしっとりした良い曲。
エレーヌ役をソプラノが歌っているのかメゾソプラノが歌っているのかもちょっと注目して聞きたいところです。
「美しきエレーヌ」にはクープレと呼ばれるお話する感じの音楽が多いのかなという印象。
ヨハン・シュトラウスのこうもりだとオルロフスキー伯爵のところくらいしかない印象ですが、オッフェンバックの時のオペレッタにはクープレが多いのかなと。
クープレって呼ばれるものは全体に聞きやすくてちょっと変わっていて個人的には結構好きなんですよね。
それにしても妻の不貞を見つけてしまった夫に対して、ちゃんと準備ができるように帰宅を伝えない夫が悪いというくだりや、あっけらかんと不倫を奨める世間とか、愛が冷めきった夫婦間とか、
そういう題材って古い時代も今も観客に受ける内容なんだなーと思います。男女の関係は時代と関係ないんですよね。
そんなこんなのオペレッタですが、オッフェンバックの音楽はやっぱり最高。
彼の作るオペレッタは高級な音楽娯楽だなって思います。
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