オペラの歴史上とても古いオペラ「ウリッセの帰還」を見てきました。
感想を一言で言うと、とても良いものを観させてもらった、そんな感想です。
2018年11月23日。
場所は東京都北区の北とぴあにあるホール。
1300席ほどの区民ホールで、これほど充実したオペラを観られるとは思っていなかったので、とても貴重な体験でした。
ウリッセの帰還というオペラ
実は前の日にモーツァルトのオペラ「後宮からの逃走」を観ていました。
後宮からの逃走は、今から200年以上も前に作られたオペラなのですが、
今回のウリッセの帰還は、そこからさらに100年以上前に作られたオペラで17世紀のオペラです。
同じオペラでも、それだけ時代が違うと現在よく観るような、ヴェルディとかプッチーニとはずいぶん違っていました。
音楽も楽器も形式も歌い方もです。
今回は古楽器による演奏だったので、おそらくもともとの形にかなり近づいているのだろうと思います。
モンテヴェルディの音楽がすばらしいから、と言われればそうなのでしょうが、
実は行くまではそれほど期待していなかったので、見終わってちょっと驚きでした。
それくらい良かったです。
このオペラはかなり登場人物が多いにも関わらず、歌手陣もとても充実していて
北とぴあという区民ホールによくこれだけ集められたなという印象です。
会場は必ずしも多くの人で埋まっていた訳ではありませんでしたが、
会場に訪れた人はおそらく大きな満足を味わったと思いますし、ブラーボや惜しみない拍手も続いていました。
私もこの時代のオペラがこんなにも感動的だとは思っていなかったのでl、とても貴重な体験になりました。
同じくモンテヴェルディのオルフェオよりずっとおもしろいと思います。
音楽全般について
今回はセミステージ形式ということで、管弦楽も舞台の上にいました。
時代が古いオペラなので、管弦楽もワーグナーのような大編成ではないからステージの1/3ほどを使えば乗っかっちゃうんですよね。
長めのプロローグが入るのは、モンテヴェルディのオルフェオやポッペアの戴冠と同様。
今回はいきなりカウンターテナーの声で始まり、オッ!という感じでした。
カウンターテナーの人の声はやはり美しいです。
しかも今回はカウンターテナーが二人も登場。
一つのオペラに二人も出てきてくれるなんてなかなか無いので、それだけでも珍しいんですよね。
この時代のオペラはまだ独立したアリアが無いので、途中で拍手も入らず進んでいきます。
語るように歌が進むという感じなのですが、
かなり叙情的な部分や、情熱的で独立したかのような部分、つまりアリアのような箇所もいくつかあり、
思わず拍手をしたくなる時もありました。
もしかして、17世紀当時にこのオペラを観た人達の中にも同様に感じた人達がいたかもしれないし、
それがのちのアリアの形を作って行ったんじゃないかと、なんとなく思いました。
ウリッセの帰還の音楽は特に前半は語るように進んでいく部分が多く、なんとなく諭されているような感覚にもなるのですが、
後半はとてもドラマティックでメリハリがあります。
今回歌手の皆さんがとても素晴らしかったこともあり、見せどころ、聴かせどころとなる独立したアリアが欲しいな、と自然発生的に思ったわけです。
また、モンテヴェルディのメリハリのもう一つは、笑いを誘うイーロのような存在があること。
後のブッファにいそうなキャラクターで
大食漢のイーロは最後に会場から大きな拍手をもらっていましたが、オペラ全体をとても楽しくする要素だったと思います。
3幕のイーロの歌もアリアっぽかったですね。
観客が飽き無いように、そこまで考えて作ったのかなと思うと、モンテヴェルディってやっぱりすごい人だったのね、と思っちゃいました。
とにかくこんなに古い時代のオペラで、正味3時間半という長時間のオペラだったのに、飽きることもなく、とてもおもしろかったです。
演出について
セミステージ形式ということでしたが、机や椅子のほかにも、様々な小物や映像を使っていたので、かなり雰囲気は出ていました。
バレエが合いそうなシーンもありましたが、バレエらしいものはなく
代わりにパフォーマーの二人がいて終始情景と雰囲気作りをしている感じでした。
ウリッセの帰還の前半はおごそかに進行する感があるですのが、
ウリッセが老人に変身するあたりからストーリーはおもしろみを増してきます。
宮廷に戻った時のシーンも良かったし
ペネーロペに言い寄る3人の男性が、絶妙に気持ち悪いひともいて、気持ちがざわざわしたり
また特に最も盛り上がる、弓矢を射るシーンでは、小さな弓矢を大きく映し出しての演出。
人の影が、弓矢の影を引くというのは、よく考えた演出で見ている方も緊張感たっぷりでした。
ここは音楽も盛り上がり、一番引き込まれました。
この時代のオペラがこんなに躍動感たっぷりに作られていたのかという驚きを感じましたね。
歌手について
今回ウリッセの帰還で感じたのはメゾソプラノが多かったということ。
ウリッセの妻ペネーロペをはじめ、ジュノーネや乳母も。
特にペネーロペはソプラノじゃないの?と思ったのですが今回はメゾソプラノでした。
またウリッセはバリトンだと思っていたら、テノール。
イーロはテノールだと思ったらバリトン。
という感じで、今回の公演がマリピエロ版なのかどうかはわかりませんが、
個人的にはメゾソプラノの声が好きなので、メゾが多いのは良かったです。
特にペネーロペを演じた湯川亜也子さんという人がすばらしい声でした。
神々しいとでもいうのでしょうか。
カストラートがもし現代もいたらこんな声だったんじゃないの、と思うような光沢のあるふくよかな声でしたね。
ウリッセ役もいけるんじゃないかとまで思うほどでした。
ウリッセ役はエミリアーノ・ゴンザレスという人。
イタリアの人かと思ったらチリの人でした。
安定した声の人でした。
今回の歌手は総じてみんな素晴らしかったのですが、印象的だったのは
3幕でジュノーネを演じた阿部早希子さんの声と
大食漢イーロを演じたフルヴィオ・ベッティーニというバリトンの人。
ベッティーニという人は第三幕で別人のように素晴らしい声が出ていました。
おどけた役がぴったりの体格と雰囲気。
息子のテレーマコ役の方は調子が悪かったのか、体の割に声があまり聞こえてこなかったのはちょっと残念。
ところで、ウリッセの帰還には合唱が無いんですよね。
でもって改めて考えてみると、18世紀のオペラセリアにも合唱って無い気がするし
モーツァルトの頃のオペラにも六重唱とかはあっても合唱ってほとんど無いんじゃないかなと。
でもオルフェオには合唱らしきものあったし‥
という具合に、合唱のあり方もオペラの変遷に伴い変わってきてるんだな思いました。
ウリッセの帰還には合唱ではないものの、二人とか数人で歌う部分が何箇所か出てくるのですが、
そこにはさらに古い時代のルネッサンス音楽ってこんなだったのかなと感じるものがありました。
第三幕は楽器無しでの重唱もありました。いわゆるアカペラみたいな感じ。
これがまたきれいでしたね。
この時代のオペラの特徴なのか、歌い方も独特で、特に半音上がった装飾音から入る歌い方が特徴的でした。
それと、同じ音を伸ばす時によく見受けられた独特の歌い方。
19世紀のオペラにはそんな歌い方はもう見受けられないけど、あれはいつまであった歌い方なんだろう。
そんなこともそのうち知りたくなりました。
最後に、あまり音楽とは関係無いのですが、
乳母のエリクレーア、この人も声がとても良かったのですが、
ウリッセであることを言おうか言わまいかと悶々と悩むシーンがあって、これも独立したアリアっぽかった箇所の一つだったんですね。
喜怒哀楽ならのちのアリアの題材になるけど、ひたすら悶々と悩むだけの歌詞の歌ってどうなのかなあと
しかもかなり長い‥、ここにこんなに?という長さに不思議感が拭えなかったのも事実でした。
当時の人たちは、そういうことをあれこれ悩むのが普通だったんでしょうかね。
それを言えばペネーロペもそうで、
なんと言われようと夫を夫だと信じないと頑固に言い続ける最後のシーンも同様に長かったです。
ネガティブ過ぎる(笑)と思っちゃいましたね。
とはいえ、最後は感動に包まれた公演でした。いいものを観たなあという感動です。
コメントを残す