バーバーとメノッティのオペラ
今回はアメリカのサミュエル・バーバーが作ったヴァネッサというオペラについてちょっと書いてみたいと思います。
ヴァネッサというのは女性の名前でこのオペラの主人公です。
海外のオペラってそもそもヴァネッサといわれてもそれが名前なのか地名なのか、それすらわからないっていうところから入るんですよね(笑)
バーバーという作曲家の代表的な作品は「弦楽のためのアダージョ」じゃないかと思います。(私も大好き、というかそれ以外ほぼ知らないけど‥)
私の勝手なイメージとしてはバーバーってアメリカではかなり有名な作曲家。アメリカを代表する人の一人じゃないかと思ってます。
なぜそう思ったかというと
単純なんですけど、メトロポリタンが再建築されてオープンする時のオペラがこのバーバーの「アントニーとクレオパトラ」というオペラだったこと、
それともう一つ、日本でアメリカのオーケストラが演奏会をした時、たまたま直前に政府の高官が亡くなったんですよね。で、追悼の意をこめて急遽演奏した曲がバーバーの「弦楽のためのアダージョ」だったこと。
その時バーバーってアメリカ国民にとってそういう(大事な)存在なんだなと感じたのでした。
ただバーバーって日本では誰でも知っているっていう存在ではない気がします。特にオペラではかなりマニアックな方かなと。
そんなバーバーの「ヴァネッサ」はどんなオペラかを一言で言うなら、「映画のようなオペラ」ではないかと思います。
ハリウッド映画のような派手な映画とは違って考えさせられる映画、心理劇のような。
オペラって時代や国によってすごく違っているのに、それらを全部「オペラ」っていう一つのジャンルにくくっちゃっていいの?ってよく思うんですけど、
このヴァネッサというオペラになるとオペラが映画のようになってきているんですよね。
「現代になるとオペラはこうなるのかあ、まるで映画だわ」と。
音楽の入り方が映画のようなのでそう感じるのかもしれません。
ヴァネッサは時に「スリラーオペラ」って言われることもあるみたいですが、ヴァネッサと姪のエリカがどんな風か、二人が狂気を含んでいる感じだとオカルト的なオペラになるんじゃないかと思います。
狂気を含むとちょっとヒッチコックを思い出すかな。
そこは演出にも左右されるところかと思います。
ちなみにヴァネッサの台本を書いたのはメノッティという人。
メノッティもオペラの作曲家で代表作は「電話」「霊媒」「アマールと夜の訪問者」など。
そしてバーバーとは私生活でもパートナーだったんですよね。
そしてヴァネッサのストーリーはイサク・ディネセンという作家の作品に基づいていると言われているみたいなんですけど実際にこのような小説はなく、イメージ・雰囲気ということのようです。
このイサク・ディネセンという人はデンマークの女流作家でこちらもかなり有名な人。まだ作品は読んだことがないので何も言えないんですけど‥(これから読んで私もイメージを感じたいって思ってます)。
当時のメトロポリタン歌劇場って
ヴァネッサの初演は1958年。場所はアメリカのメトロポリタン歌劇場です。
とても新しい部類のオペラですよね。
初演は成功だったらしいんですけど、その後ザルツブルグ音楽祭で取り上げた際の反応は冷たいものだったのだそう。
ヨーロッパの伝統的なオペラから見ると違和感があったのか、詳細はわかりませんが新しいものって大体最初は賛否両論ですよね。
むしろヴァネッサのようなオペラが初演で成功だったという方がアメリカの人達の柔軟性を感じてしまう‥。
ヨーロッパで不評だったからなのか、その後ヴァネッサは1964年に4幕あったのを→3幕に改定されています。
現在はこの3幕版が一般的に上演されているのではないかと思いますが、ヴァネッサを見る際は3幕版かな?それとも4幕版かな?っていうのをちょっと注目するといいんじゃないかと思います。
オペラってヨーロッパでの歴史が古いので、アメリカのオペラっていうとヨーロッパから渡ってきた文化っていう大きな流れがあると思うんですよね。
ヨーロッパから興行師や指揮者、歌手がきてオペラを伝えたというそんなイメージ。
で、1958年当時のメトロポリタン歌劇場を仕切っていたのはルドルフ・ビングっていう興行師だったらしいです。
この人もオーストリアの実業家の生まれの人。つまりヨーロッパの出身。
1950年から1972年までこの人の采配で劇場が動いていました。今でいうゼネラルマネジャーかな。
ユダヤ人でナチスの台頭の際はイギリスに逃れたらしいです。
1934年から始まっているイギリスのクラインドボーン音楽祭の設立の際も一役買っていたようで、そういうのを聞くと「へえー!」と思ってちょっとワクワクしてしまう私(笑)
敏腕マネージャーだったんだろうなあ。
1966年にメトロポリタン歌劇場が再建築した時もこのルドルフ・ビングっていう人の時代なんですよね。
主役はヨーロッパ歌手?それともアメリカ?
さて、1950年代頃までのメトロポリタン歌劇場の特色としてはイタリアもの、ドイツものいわゆるヨーロッパ演目が多いことでした。つまり保守的と言えば保守的。
それに加え「とにかくスター歌手を連れてくる劇場」っていう特色があったみたいです。
考えてみたら新参者であるアメリカがオペラで地位を確立するためにはヨーロッパから有名歌手をどれだけ連れてこられるかっていうことに重きを置くのは経営として当然の気もします。
それが1950年代頃からスター歌手時代だったのが少し変化が訪れたって言われます。
ヴァネッサについてみると、初演でタイトルロールを歌う予定だったのは当初セーナ・ユリナッチでした。ボスニア出身でウィーンなどで活躍していたスター歌手です。
ちなみに恋人役のアナトゥールはニコライ・ゲッタ。こちらもヨーロッパはスウェーデン出身。こちらも超有名な人。
でもヴァネッサ役は変更になって結局アメリカ人のエレノア・スティーバーっていう人になったのです。
そしてエリカを歌ったのもアメリカ人でロザリンド・エリアスというメゾソプラノ。
興行師ルドルフ・ビングはノルマを歌う予定だったマリア・カラスとの契約を破棄したことでも有名なんですよね。(その後トスカで復活はしていますが)。あのマリア・カラスを切った?!っていう感じです。
彼は保守的、イタリア好みと言われていたらしいですが、とはいってもメトロポリタンに少しずつアメリカらしさが加わっていく時代だったのかなと思います。
とはいえ、アメリカ歌手がどんどん育っていくのは彼が退位した1972年以降だったとも言われるので、まだまだなのかなあ。(結局どっち?笑)
ヴァネッサを歌ったエレノア・スティーバーは初演当時44歳。リヒャルト・シュトラウス他ワーグナーなベルクを得意としてバイロイトにもでてるんですね。すごい歌唱力だったんでしょうね。
またエリカ役のロザリンド・エリアスは初演当時28歳。この人もワーグナーとかヴェルディ、カルメンなどを得意としていてメトロポリタンのこけら落とし「アントニーとクレオパトラ」ではチャーミアンっていうクレオパトラの召使い役で出てます。
割と最近2019年に亡くなっているんですけど、この人がすごいのは80歳を超えて舞台に立っていたみたいなんですよね。ミュージカルだったみたいですけど。
声ってその歳まで舞台で出せるのかと脱帽です。
ヴァネッサ見どころ
ヴァネッサの見どころはやはりヴァネッサとエリカの歌と演技。
それと演出じゃないかと思います。
恋人を待ち続けるヴァネッサと、結局同じ道をたどることになるエリカ。
どう考えてもちょっと不思議なストーリーなんですけど、みているうちにその世界に入っていく、映画を見ている時に感じる感覚があると思います。
二人がどんな演技と歌なのか、狂気を含んでいるのか、悲しい話なだけなのかなどに注目するとおもしろいかもしれません。
エリカの方が姪なので若いんですけど、こちらはメゾが担当して、ヴァネッサは一応ソプラノになってます。
性格的にも明るい(けどちょっと変な)ヴァネッサがソプラノというのはわかる気がしますが、
実際にはヴァネッサもメゾが歌っている時もあるみたいです。
若い時はエリカ→歳をとってヴァネッサなんていう流れもありかも。
第一幕でアナトゥールがエリカを誘う時に偽ディミートリー(ボリス・ゴドゥノフに出てくる)の話が出て「ボリス・ゴドゥノフ」の旋律が流れるのもちょっとした見どころ。
あと実はこのオペラを一番不気味に感じさせるのがほとんど喋らないヴァネッサの母オールドバロネスじゃないと思います。
こちらはメゾ、あるいはコントラルトが担当。このおばあさんはほんと不気味(笑)。この人の演技も注目したいです。
そして流産するために寒い外に出てしまうエリカの行動は、ヤナーチェクのオペラ「イエヌーファ」を思い出す‥。
なぜ?という思いがつきまとうこのオペラ。やっぱりちょっとヒッチコックを思い出すかも。
「ヴァネッサ」はオペラは時代とともに変わってくるということを改めて思ってしまうオペラではないかと思います。
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